講義1「基礎から学ぶ社会保障制度の新展開」では金沢大学教授・横山壽一氏より社会保障制度改革推進法を中心にした社会保障制度の問題点のあるべき姿を中心にした講義がなされた。
安倍政権は社会保障理念を変質させ、制度改悪に走っていると断じる。その根拠は憲法で生存権が謳われており、すべての人に無条件で平等に生存権・生活圏が付与されていると説く。また「自助・共助・公助」の考え方がそもそも間違っており、人間が努力する、努力しないに関わらず無条件に救済すべきだという主張である。
社会保障費財源を確保するための消費税増税はまやかし、デタラメ、裏切りとし、所得税・法人税の累進性を徹底する改革により所得再配分効果を強化、そして大型公共工事、防衛費、ODAを削減して財源確保するべきだと主張。全く同意しえない90分間の講義は現政権への批判と非建設的な論調であり、得るものがなかった。質疑では地方議員としてどのような行動をすればよいのか?という質問もあったが、具体的な提案もなされることがなかった実りのない講義であった。
講義2「困窮者の生活支援をすみやかに」ではNPO法人ほっとプラス代表理事・藤田孝典(社会福祉士)より大学生の頃より取り組んできた生活困窮者支援活動の報告を中心にした講義がなされた。
貧困問題は社会構造のひずみが発生させている問題だとし、数値で見る貧困と格差のデータの提示がなされた。
しかし提示されたデータは2000~2011年のものであり、昨今の改善した数値のデータは提示されていないのが説得力を欠く部分でもあった。
弁護士、労働組合、市議議員などで構成するNPOの支援活動を写真を交えながら紹介し、失業保険の給付窓口や労災窓口、労働基準監督署の相談窓口を若い世代に広報してほしいと呼びかけられた。
銀行支店長であった方がホームレスになったケースを紹介され、ブラック企業の長時間労働が原因であるうつ病が離婚やホームレス化の原因であり、相談窓口についての知識があれば防げたケースであるかもしれないと分析された。
「ホームレスは自己責任」という風潮には疑問を感じる。雇用環境の改善や、救済策を充実させるべき。という氏の主張に全面的な同意はできない。しかし、貧困問題は社会構造の変化が原因の一つであるという論調には概ね同意できる。国富が減少すると共に、トリックル・ダウン(所得の再配分)が細っていく、家族や地域の繋がりが細まっていくこの現況を変えるためには、国力(特に国際的経済力)を向上させ、再チャレンジ可能な社会を構築することが急務と言える。大学生時代から続けている(現在31歳)貧困問題に現場で取り組むという氏の姿勢とバイタリティには感心した。空き家を埼玉県より補助を受けて借り生活困窮者等の受け入れ施設とし、スタッフの人件費は約100名の賛助会員会費(自民・民主・社民・共産の超党派議員が20名)や寄付などで賄っているという。議会での政策提案にも一役買っているようだ。これこそ社会の課題を解決する社会企業家のあるべき姿だと言えるだろう。今後の建設的な活動に期待するところである。
講義3「介護保険の改定と自治体の課題」では立教大学コミニティ福祉学部講師・服部万里子より制度改正の流れや高齢化の詳細な内容、介護人材の不足、介護サービス形態の変遷といった高齢者を取り巻く環境を最新のデータを交えて解説された。ケアマネージャーとして15年の実務経験を交えて制度の網にかからない弱者への視点や将来への課題・警鐘は慧眼と呼べるものであった。特に介護予防通所、訪問は地域の総合事業に移管するとのことで、当面の財源は国が担保するという見解だったがこれまでの経緯を鑑みれば、先の見通しは暗い。加えて単価設定は自治体にゆだねられている。当市でも通所、訪問介護事業所が理学療法士等専門職を確保するのは至難の業で、大部分が移行せざるを得ないのではないか。またサービスの質を維持する為のチェック機構をどのようにして設けるのかも不透明な部分が多い。今後の議論を注視する必要があるだろう。
社会保障費の削減を在宅介護によって実現しようとする様々な提案やロードマップは渋谷区を「日本一在宅介護ができる街にしたい」という高い目標を掲げる氏の一層の活躍を期待するものである。質疑も充実し時間が切れ。理知的かつ野心的な素晴らしい講義であった。
講義4「子ども・子育て支援推進制度の実施を前に」では佛教大学、杉山隆一より市町村・地方議会の課題、子ども子育て会議と事業計画について講演がなされた。市町村が定める条例についての基準について詳細な説明があった。設置基準や保護者負担、保育士資格等、現行基準より引き下げさせないようにするために議会の役割があるとした見解であった。議会より意見書を決議し内閣府に送付することも一つの手段である旨の提案がなされた。まだ保育士の人材確保が難しくなるという懸念が示され、雇用形態についても非正規率を引き下げることが重要だという見解が示された。
講義5「そもそもの仕組みから学ぶ高い国保料」では、神奈川県職員、神田敏史(同県職員労働組合中央執行委員長)より国民健康保険制度のおこりから意義と課題、現状についての講義がなされた。
社会保障国民会議では都道府県に益々運営困難になる国保財政の押し付けがなされたという見解であった。ただし抜本的な財政基盤の強化をつうじて都道府県の財政構造問題の解決が図られることが前提とされており、その財源については現在議論が進んでいるところで27年春の国会で改正法案が提出される。
それまでに自治体の財政負担を軽減する主張を国(財務省)に対して主張することが求められる。中・低所得者層の負担軽減を実現する為、という理由を推奨された。
制度の歴史や変遷について詳細な講義となり、途中省略や今後の展開についての考察が十分でなかったのが残念であった。
6.所見
二日間の座学となった今回の研修で5つの講義を受講した。今更ながらに講義の質やその効果は講師の能力次第であると認識させられた。偏ったイデオロギーの主張を繰り返す市町村議員の範疇を超えた講義、答弁になっていない質疑。反対に、主義主張を超えて支援を集めるフレッシュな若人の取り組み、現状を数値で把握しつつ、社会保障費を削減しながら高齢者の生活の質を向上させるための理知的で建設的な講義。何れも色々な意味で勉強になった。自治体問題研究所が企画する研修会は全体的に主張の偏りがあるという事も収穫の一つであった。
故・遠藤浩一拓殖大学教授は「政治とはよりマシな選択の集積である」と喝破された。現在の制度も戦後から積み上げられてきた集積の上に成り立っていると言えるだろう。その時々に有権者が政治家を選び、政治家がこれまでの制度を鑑みながら「よりマシに」という思いで選択を重ねてきたはずだ。中には私利私欲の為の“政治屋”もいるのではないかという指摘を全否定することはできない。しかしそれを含めての選択の集積が現在の社会である。社会保障制度の改革を改悪だと声高に叫ぶことは易い。しかしそれはルサンチマンでしかない。
最後に小西砂千夫関西大学学院教授の言葉を引用したい。
「一発逆転の抜本改革を夢見た私たち自身の愚かさに学ぶべきではないか。影響の大きな社会制度は、漸進的にしか動かせない。それまで機能してきた制度を捨てるよりも、そこに隠された知恵を学び、どこを微調整するかを考えるほうがはるかに建設的である。日本人の勤勉さや真面目さは、その中でこそ生きるはずである。何を変えるかではなく、何を変えてはならないのかを知ろうとする方が大切な議論である」
文責 北村貴寿