学生NO.16115012:北村貴寿
バーナード―現代社会と組織問題― 第Ⅰ部 社会科学とバーナード理論
1『経営者の役割』再訪 ハーバートA・サイモン(ノーベル経済学賞) 西岡健夫(訳)
○『経営者の役割』は難解な書物
・1938年出版にされ、一読して熱狂的なファンに。しかし一般的な反応は異なる。
・ある著名な経営学者によれば「バーナードの言おうとしていることがわからない」
・本当に新しい考えはしばしば「難しすぎる」もの。読み手が既に持っている何らかの考え(形成が不十分でも)に共鳴したときに直ちに反応を呼ぶ。
・バーナードの主張3点について共鳴した。
①バーナードによる「個人目的」と「組織目的」の区別が、ミルウォーキーのレクリエーション行政の実証研究において組織との一体化および下位目標の形成について共鳴。
②経済学の研究により、誘因/貢献の枠組と呼ぶものを受け入れやすくしたこと。
③市の行政活動測定に対して、資源配分最適化理論を適用するにあたり、発生した諸困難がバーナードの機会主義理論と共鳴。
→諸問題についての光明となり、古典的組織論に対して懐疑の念が膨らんだ。
・ジョン・R・コモンズ「制度経済学」は更に難解(=バーナードの刺激源)
○バーナードは経営者を生身の人間として描いた。
・これまで学んだ紋切り型の「経済人」とはまったく異なる。
・バーナードが強調した管理行動の二側面は印象的。
①情況の中にある他の潜在的に重要な価値をしばしば除外して組織目標に焦点を当てること。
②一定の時点に環境が組織に押し付ける特定の問題と機会に焦点を当てること(=機会主義)。
・本稿では、管理行動の性格が限られた注意能力という現象からいかに生じるかを論じる。
・管理の理論と、認知心理学上の現代の科学的知識との間に丈夫な架け橋をかける。
- 人間の注意の限界
○人間の脳は同時に多くのプロセスを進行させうる、高度な並列処理可能装置。
・目は網膜上の多くの異なった点から脳に向けて同時にメッセージを送ることが可能。
・神経による呼吸・鼓動のコントロールは意図的行為と並列的に行われる
- 直列的システムとしての脳
○意識的注意を要する人間行為は、並列的には行えない。
・運転と会話など一見同時に行われるように見えるものもタイムシェアリング(=二つの行為が猛スピードで交互に繰り返される)の一種。
・人間の精神プロセスはインプットとアウトプットの繰り返し。その直列性は人間の記憶構造が原因。
・インプット・アウトプット処理の間に格納される記憶はおよそ6ないし7個のチャンク(chunks)に限られる、短期記憶と呼ばれる記憶の中で保持される。
○長期にわたり記憶を保持できる量は限界なし。
・人間は容量の小さい活動的短期記憶にリンクした、無限の容量を持つ長期記憶をもつ。
・このリンケージにより、思考中に潜在的に利用可能な情報のごくわずかの部分だけを使うことができる。
・思考が続けられる場合には、潜在的に利用可能な情報が送り続けられるが、厳しい限界があり、全ての情報は同時に存在できない。
・情報をリンクするには特別のテクニックが必要(例:連立方程式の代数)。
・代数のアルゴリズムが無ければ、相互作用の結果の分析が不正確になる。
・補助的外部記憶装置(紙と鉛筆)や形式的推論テクニックの助けを借りても同様。
・人間の行う「線形的」推論、複雑さに直面したときの線形的推論は不正確であり、様々な見解がある。
- 直観のプロセス
○「直観的」プロセスが注意の限界およびその結果としての思考の線型性を克服する手段。
・エキスパートは経験の結果を「手がかり(=兆候)」とする大きな倉庫を構築、長期記憶を蓄積。
・手がかりは記憶のインデックスとして機能。
・問題解決に取り組む場合、手がかりをインデックスとして情報を呼び出し、見通しや手段を打ち出す。
・上述のプロセスを「直観的」と呼ぶ。何時でも様々な認知が急速に行われ、どのように達成されるかはエキスパート自身も説明できない。インデックス構築には長い時間が必要。
○直観的判断は大きさと複雑さを持つ。判断に必要な時間は関係ない。
・一体としての知識と分析を反映させることが可能。
・直観は無意識的で熟慮を伴わぬような外観を呈しているが、熟慮と研究を通して到達した知識の総体にアクセスする。それは強力かつ、信頼しうるもの。
・知識の総体は直観的認知行為によって解凍されるまでは、長期記憶の中に凍結状態のまま保存されている。
・エキスパートの記憶インデックスのサイズには若干の推定がある。自在に扱える語彙は10万語程度。チェスの名人は最低5万パターン。
→あらゆるエキスパート同様、管理者の仕事においても直観的プロセスの基礎は重要。
・バーナードは『経営者の役割』付録「日常の心理」で重要性を強調。現代心理学のような説明は与えず、1960年代、および70年代の研究にて明らかにされた。
- 左脳と右脳
・数名の管理論者はバーナードの意思決定の区別を発展。論理的意思決定を「分析的(左脳)」非論理的意思決定を「直観的(右脳)」に区別。
・しかし、脳解剖の結果、二種類に区分できない。
・視覚的パターン認識は右半球、言語活動や推論は左半球が中心的な役割を果たすが、いずれか一方だけに基礎を置いているとは言えない。
・意思決定の仕事をするに際し、両半球は協働する。直観と分析の間にはっきりした線を引くことは誤解を生む。
・あらゆる複雑な意思決定プロセスは、広範な分析を必要とし、その分析は知識に直観的アクセスを行う。直観は分析と衝突せず、分析のスピードと効率を上げる点で必須。
・直観的プロセスと分析的プロセスのバランスは固定されない。
・管理科学やORの手法、コンピュータにより形式的分析が広範に使われるようになってきている。
■結論:直観と直列性
・管理者は直観的プロセスを使っても、並列的処理能力を得るわけではない。
・直観は脳の広大な知識のインデックスとして機能するが、アクセスされ、処理される際に注意のボトルネック(bottleneck of attention)が生じる。
・直観は、以前の知識や結論を引き出すことにより、迅速な決定を生みだすが、必要な分析が既に完了し、結果が記憶として蓄えられているからである。
・思考と意思決定は基本的には直観的プロセスであり、蓄えた情報にアクセスした際はスピードアップされるものの、考慮の幅は狭い注意の範囲(span of attention)によって厳しく制限される。
- 注意と意思決定の目標
○「注意の限界」はバーナードの論述を理解するための基本。
・経済学者の合理的モデル
・各行為者は世界をそっくり複雑なまま見るものと前提。
・自らの価値の全一構造に対する決定の影響を無限の時間にわたり同時に考慮。
・そうした価値が合計され首尾一貫した効用関数となる。
・決定が部分的見方に基づいたり、効用関数に含まれる諸価値の部分集合にのみ係わることを否定。
・バーナードによる管理意思決定では上記の非現実的な前提は置かれていない。
・バーナードの言う管理者は、多くの複雑な価値を併せ持っている。これらの価値が包括的な効用関数で調整、同質化されるとは前提されない。
・価値の葛藤は管理者の生活においていつも存在する重大事項。
・管理責任は意思決定の際に、組織の価値に非常に高い優先順位を与えようとする意欲および能力のなかに具現。
・バーナードは他の価値をないがしろにするよりも、組織の必要に従属させることを強調。
・管理者が組織の価値に焦点を合わせるのは、「注意のメカニズム」の結果。
- 組織との一体化
・組織上の地位により決定は予測できることが多い。
・組織全体の目標と矛盾しても、部門の長は部門の利益を追求しがち。
・組織内コンクリフトは組織単位の私利私欲だと断定できない。
・下位目標との一体化という現象には認知的側面が存し、動機付け的側面よりさらに重要。
・各管理者は、当該組織単位だけに特有な情報環境に浸かり、注意は繰り返し当該単位の運営、および当面の問題に向けられる。
・管理者自身の知識および技能に対し、最もマッチするのは当該単位自体の目標を含んだ環境。
・組織の目標との緊密な一体化は、管理者の注意が当該単位に当てられることによってのみ可能。
・軍事組織等では、注意を高レベルの目標に向けさせるために管理者をローテーションするが、組織との一体化は急速に形成されてしまう。
・ディアボーンとの論証により、管理者は、専門外の組織の問題に対し盲目的。
・下位目標との一体化は否定的ばかりに見るべきでなく、「制約された合理性(人間はあらゆるものに等しく注意を注ぐことができない)」に対する応答。
・各組織単位を越えて関係を持つ、特定の決定状況の諸側面対しての感受性も必要。欠如すれば一体化は有害になるかもしれないが、いずれにしろ一体化は不可欠。
- 注意の焦点の移動
・単一組織単位でも業務は多数かつ複雑。たえず注意を注ぐ事は不可能。多くの問題は管理上の注意を引くことなく過ぎ去る。
・重要なのは常に決定を「必要」とし、決定の「機会」にある問題に、注意を向けること。
・決定を要する問題とは緊急事態および即決事項。それらは危機管理に共通の症候群を引き起こす。
・緊急度が劣っていても重要性が高い問題に向けられる注意が残されない状況は管理の危機的状況。日常のルーティンが計画を追い出す現象が生じる。
・成功する意思決定は、組織の注意が引き継ぎ行為が起こるように、ある問題に集中されうるタイミングを発見することを含んでいる。
・アメリカの第一次石油ショック以前の5年間は、環境保護問題に注意を向けさせることが容易だったが、石油ショックの後ではエネルギー不足問題に集中し、環境保護が後退した。
・人間の「制約された合理性」と、思考と行為の「限定された並列処理可能性」とが、行為が向けられるべき有効な目標をたえず変化させる。
- 代替案の創出
・組織が注意できる目標の幅には限界があり、決定を要する問題が生じる際の、考慮される代替案の幅にも限界がある。
・多くのルーティン問題には既に代替案が与えられ、選択しか残されていない。しかし、新しく重要な決定(新製品開発、プラント投資、新組織決定等)の場合は、選択前に可能なデザインをいくつか作る必要がある。
・デザインは既出の代替案から探索するプロセスではなく、既知の基本的要素を練り上げたり組み合わせたりして代替案を創出するプロセス。
・要素の数は何十万、何百万にもなるが、デザイナーの頭のなかでほんの少しのデザインがチェックされたり、評価されるのみ。
・デザインプロセス自体が、どの代替案を最初に探索し、どの制約条件と基準に優先権を与えるか決めることにより、どのデザインが考慮対象になるかを決める主因になる。
・デザインの議論に対するバーナードの貢献は、「戦略的要因」を強調した点。
→現実は複雑で細部まで取り扱えない。状況の中の戦略的要因を明らかにして決定を行わなければならない。プロセス初期にデザインの基準を明らかにしておくべき。
・バーナードは代替案の選択の議論や、デザインプロセスの論述も提供しなかった。これは残された課題である。
・いかに代替案が創出、デザインされるかに関する研究は、心理学および組織理論における革新性と創造性に関係する。
■結論
・バーナードは、管理機能理論を人間能力の現実的記述に基づき構築した最初の組織研究者。
・管理者を包括的な効用を最大化するスーパーマンではなく、「制約された合理性」のもとにあり、部分的としても特定の目標を持ち、目標に向けて行為する機会に反応する人間として記述。
・『経営者の役割』出版から50年経た今なお、組織および管理理論を構築する最も有望な土台。
・本稿で試みたのは人間の注意メカニズムと限界に対し、組織論の中で、しかるべき、より大きな場所を与える為に、進むことができる方向の若干を示すことである。