学生NO.16115012:北村貴寿
バーナード―現代社会と組織問題―
第Ⅰ部 社会科学とバーナード理論
2 バーナード理論と経営学本格化の道 -バーナード生誕100周年を記念して-
山本安次郎
1 序言 バーナード理論の経営学的意義
・バーナードの主著The Functions of the Executive「経営者の役割」では巻末で注意喚起
「自身が事業経営者であるため、本書は事業組織に関するものと思われているが、公式的協働行動一般にあたることを目的としている」
・一般的管理論(=一般的組織論)としてparadigm revolution を惹起するepoch makingなもとして高評価。時代とともに影響力を強めている。
・日本ではバーナード協会が発足。バーナード専門の学者が現出。
・筆者の目的は、独立の「本格的な」経営学の確立。問題はバーナードの一般理論の特殊的限定。
・筆者は昭和5年より大学院にて経営学理論を専攻、56年の研究により経営の経営学の基礎理論に到着。
・昭和初期の学会はドイツ経営経済学の導入を問題とし、主流は新カント派の哲学に依拠する方法から理論的経営学の樹立を目指した。
・アメリカの管理論は単なる実務論・政策論として度外視されていた。
・経営の現実から見れば、管理論を除外する理論は形骸を追うのみ。新カント派を超える道や経済学や社会学ではなく真の経営学への道はないかと苦悩。
・昭和15年満州建国大学にて、満州の建設経済下の特殊会社経営を研究しながら、新展開されつつあった西田哲学を勉強。
・「行為的直観の立場」についての討論から、「主体の論理」、行為的主体存在の論理に思い至り、「経営の論理」とすることで一挙に新カント派哲学を超越。ドイツ経営経済学とアメリカ経営管理学との統一の可能性も実現化。
→立場の転換(意志の立場→行為の立場・対象理論→主体の理論)、パラダイムレボリューションが実現。
・戦後のバーナード理論との出会いは本格的経営学の道の正当性を実証するものとしての意義をもつ(=他のバーナード理解とは根本的に異なる)。
・第二次大戦後、経済界や学会が一変。経済復興と共に経営研究の飛躍的発展の基礎が確立される。学会もアメリカ一辺倒、アメリカ経営管理学的色彩が顕著となる。
・筆者はドイツ経営経済学とアメリカ経営管理学との統一を念願。昭和29年、研究成果を「経営管理論」として公刊。姉妹編を纏めようとしていたところ、新たな組織理論としてバーナード理論に邂逅。
・筆者の当時の経営組織研究は伝統的・古典的といわれるもので、目的合理的な組織理論の形成。バーナード理論は経営学の組織学説という特異性のため、評価を受け容れることができなかった。
・戦前にドイツ経営学を学んだものは、実用的、実務的なアメリカ経営管理学を高く評価せず。
・バーナードを読み進めると、経営学的構想の雄大さに驚く。管理論はバーナードの真髄。筆者が苦闘の末発見した本格的経営学モデルを、一般と特殊の差はあれども発見。
・バーナードが経営者・管理者として、その経営体験をあくまで「理論知」を根底に置き、「行為的直観」によって習慣化するまで鍛錬。「実践知」に高め上げた。
・筆者はバーナードの主著をなるべく理解し易いように改訳し、経営学的理解を試みて『バーナードの経営理論』を編著。
・バーナードは経営者・管理者として必要な経営的知識をその経営実践における「絶えず繰り返し習慣化するまで積み重ねた経験」からのみ得られる直観力により「実践的知識」の体系まで高めた経営学者。
2 バーナード理論と三層構造理論
・経営学の困難は経営概念の多様性の克服にある。
・経営学本格化の道は、主体的な経営存在として、根本的に事業と企業との経営主体的統一として把握するところにある。
・経営の現実をドイツの経営経済学とアメリカのマネジメントとの経営主体的統一的存在と把握すれば、必然的にドイツ経営経済学とアメリカ経営管理学とを「主体の理論」や「経営の論理」によって統一して本格的経営学を構想することができる。
→バーナード理論の意義であり、三層構造論理。
・バーナードの主著にはいろいろな見解があるが、筆者は本格的経営学として見る。
・経営者ないし管理者の必要性は根本的には人間協働ないし協働体系そのものにある。
・協働体系とは「少なくとも一つの明確な目的の為に、二人以上の人々が協働することによって、特殊の体系関係にある物的、生物的、個人的、社会的構成要素の複合体である」(バーナード)
・協働体系は社会に重要な影響を与える。目的の性格によって多様な数個のグループに大まかに分類できる。
・「二人以上の人々の協働」という「一つの共通な側面」を「組織」と呼ぶ。(バーナード)
・バーナードは組織(=公式組織)を次のように定義し重要性を強調
「協働体系の経験を分析するための最も有効な概念が、公式組織を二人以上の人々の意識的に調整された活動や諸力の体系と定義することのうちに具現しているということこそ、本書の中心的仮説である」
・最も具体的な存在は協働体系。経営者や管理者の職務は究極的にはこの協働体系を管理し、調整してその目的を有効に実現すること。
・管理者は組織を通して協働体系を管理。組織の目的は協働体系の目的。
・バーナード理論は形式的には管理論と見えるが、実質的には協働体系論。協働体系論は管理論―組織論―協働体系論と展開。これを三層構造理論と呼ぶ。
・バーナードの主著の構成は、4部に分かれているが、二つの短い研究から成り立っている。前半は協働と組織の理論の展開であり、後半は公式組織における管理者の職能と活動方法との研究。
・二つの主題はある目的から区別するのが便利だが、具体的行為と経験では不可分。
・公式組織理論の概念的枠組は以下の通り。第1部と第2部は協働の構造学または「解剖学」であり第3部と第4分とはその生理学ないし経済学。
〇主な構造的概念
- 個人・第2章(2)協働体系・第5章(3)公式組織・第6-7章
(4)複合公式組織・第8,20,15章(5)非公式組織・第9章
〇主な動態的概念
(1)自由意志・第2章,7章前半,16章,17章の大部分(2)協働(第3,4,5,16章
(3)コミュニケーション・第7,8,1215章(4)権威・第12章
(5)意思決定の過程・第12,13,14章(6)動的均衡・第11、とくに16章
(7)経営者責任・第17章
・形の上では4部に分かれているが、ある意味では3つの短い研究から成り立っている。第一部は協働体系の理論、第二部と第三部は組織理論の展開、第四部は管理理論の新展開。(筆者が三層構造理論と呼ぶ)
・バーナードは経営者であり、経営学者ではなかった。経営者、管理者としての長い体験から由来する「実践知」により人間協働の経営過程や経営問題の本質を知っており、人間協働の中心に組織問題を見出し、新しい組織理論という前人未踏の分野を拓いた。
・バーナード自身はこれを「公式組織の社会学」とも言っているが、社会学や経済学に尽きるものではない。
・バーナード理論を経営学的に見て、協働体系、組織、管理という関連し、一体化する三層構造理論と規定するのが、バーナード理論の内容と形式を一致させるための最も適切な方法。
・三層構造理論の三つの主体はバラバラではなく、一体性があり、不可分。
・これは誰にでもできることではない。行為的主体的存在の立場から「主体の論理」のみ可能。長い経営体験から経営過程についての「理論知」を直感的に「実践知」に転換し得る「主体の論理」を習得した。
・バーナード理論を経営学的に限定してみれば、協働体系は企業または事業経営協働体系として把握される。
・物理的、生物的、個人的、社会システム、その中核としての組織システムの複合体は「事業と企業との経営主体的統一」という経営構造論理となる。
・主体的作用たる経営はその中核たる組織と管理との総合として事業経営という協働体系の維持発展を図る。
・バーナード理論は必然的に経営協働体系―経営組織―経営管理という三層構造理論として「本格的な」経営学の基礎理論たる性格を持っている。
・協働体系は「二人以上の人びとの調整された活動ないし力のシステム」たる組織を中核として存立する複雑なシステムをなしている。
・個人は自由意志、自由選択によって協働に参加し、組織に活動を貢献するとき貢献者となる。
・組織に外在的な個人が協働に参加し内在的となり組織に活動を貢献するとき貢献者となる。
・貢献者は経営者や労働者だけではない。株主や債権者、供給者、需要者、購買者、顧客も貢献者である。
・組織の成立、存続、発展を規定するものは狭い構成員ではなく、何等かの意味で貢献する貢献者である。
・組織を、貢献者全員の貢献する活動の体系と見るところがバーナード理論の特色であり、その理解を困難にする「躓きの石」がある。
・「二人以上の人びとの調整された貢献のシステム」は経営学的に見れば経営過程を示す。購買過程―生産過程―販売過程というラインと財務過程と労務過程というスタッフというシステムがこれである。
・経営協働体系や五貢献過程システムは自然発生的に維持されるものではない。組織の実践が示すように意識的社会的な「調整」(=管理)を必要とする。
・管理者ないし経営者は組織者であり、管理者でなければならない。管理は組織の維持発展を通して、経営協働そのものの維持発展である。
・管理要素は、(1)コミュニケーション・システムの確保(2)個人的努力(モチベーション)の確保(3)共同目的の形成という三要素。
・組織や協働の長期的存続発展の為に(4)有効性(目的達成の度合い)(5)能率(個人動機の満足度)が必要となる。
・これらは伝統的な管理概念と異なる。
・管理は「協働体系における組織の機能」であり、この機能の作用する「管理過程」は、複雑で動態的な全体的環境状況における人間協働体系の維持発展を図る調整の過程。
→バーナードが主著全体で解明せんとした主題であり管理論はバーナード理論の真髄。理解も困難であり、馬場敬冶博士、サイモンもこれを避けて主知主義的な「理論知」に止まっている。
・バーナードは三層構造問題を三位一体として行為的直観による「実践知」にまで高め、前人未踏の管理論を展開。
3 バーナード理論と主体の論理
・日本経済の急速発展、世界経済の中での地位向上とともに経営研究も顕著に進展。
・経営学という表題にも関わらず中身は経営経済学であったり、単なる一般論にすぎない場合が多い。「本格的な」経営学を問わねばならない。
・ここではバーナードの三層構造論理における根底をなす経営的見方、経営学の方法について特色を解明したい。
・経済学や社会学のような社会科学は「意識の立場」「見る立場」からの「対象論理」「分析論理」によって成り立つが、経営学は成り立たない。
・経営学は「行為の立場」「実践の立場」からの「主体の論理」「総合の論理」「弁証法の論理」によってのみ成り立つ。
・立場の転換「パラダイム・レボリューション」が必要でバーナードは実質的に明快に示している。特に主著の真髄である「管理過程」論はこのような立場からでなければ理解できない。
・筆者は主著全体を貫く「主体の論理」「総合の論理」の弁証法を指摘。
・行為的主体存在論的な人間学、協働や組織における人間存在の弁証法的性格、個人と組織との弁証法の理解が必要。
・バーナード理論の根底に人間存在の特性についての深い理解があることは明らか。
・バーナードは自ら弁証法という言葉は用いないが、優れた実践者として「主体の論理」に立ち、弁証法的思考をとっている。
・「個人と組織」との弁証法は全体を貫いている。
人間存在の物的と心的との矛盾と統一、個人の組織に対する外在性と内在性
人間存在ないし人間行動の二重性、意志の自由と決定、Individualismとcollectivism、組織の外的均衡と内的均衡、個人行動・協働・組織における有効性と能率性、
理論と実践、等
・バーナードの理論における独創性は根本的には豊かな経営実践体験における「主体の論理」ないし事物の弁証法的思考の賜物。
・それは第一部「共同体系に関する予備的考察」の第二章「個人と組織」にて立証できる。以下引用部分。
「協働や組織は、観察経験されるように、対立する事実の具体的な統合物であり、人間の対立する思考や感情の具体的統合物である。管理者の機能は、具体的行動において矛盾する諸力の統合を促進し、対立する諸力、本能、利害、条件、立場、理想を調整することである」
・ここに人間―協働―組織―管理という互いに異なるものを一体性として統一的に把握し得る立場、実践の立場からの「主体の論理」「総合の論理」「弁証法的論理」が見られる。
・さらにより明確に具体的に示すのが、第四部「協働体系における組織の機能」の第一六章「管理過程」論。以下引用部分。
「この過程は管理者あるいはリーダーの専門化した責任の内容となっている。この過程の本質的な側面は全体としての組織(協働体系)とそれに関連する全体情況を感得することである。それはたんなる主知主義的な方法の能力や、情況の諸要素を識別する技術を越えるものである。それを適切にあらわす言葉は、「感じ」「判断」「感覚」「調和」「釣り合い」「適切さ」である。それは科学よりもむしろ芸術の問題であり、論理的であるよりも、むしろ審美的である」
「管理過程をかりに組織の有効性の側面ならびに組織活動の技術面だけに限定しても、それは全体の総括の過程であり、局部的な考慮との間、ならびに一般的な要求と特殊的な要求との間に効果的なバランスを見出す過程である」
「それができるのは、ただ少数の天才的管理者、あるいはその職員が鋭敏な感覚をもち、よく統合されている少数の管理組織の場合に限られる」
「管理的意思決定を行う前には必ず分析が必要であるが、意志決定自体は総合的である。戦略的要因が分析される背景はあくまで全体情況であって、意志決定はそれに関連するのである。この全体情況は、たえず強調してきたように、物的、生物的、社会的、心理的、および、要すれば、経済的な要素ないし要因に分析されよう。しかしながら、分析は目的行為の終わりではなくて、始めである。」
・上記のように実践の立場から常に協働体系の全一体性を目指す「主体の論理」「総合の論理」が躍動しており、研ぎ澄まされた「直観」が重要視されている。
・管理過程の遂行に科学的知識以上のものが必要で、それは理論や論理を超える直観である。
・直観は論理を無視する非論理的ではなく、超論理的である。形式論理、対象論理を越えるという意味でnon-logical、主体の論理的、ということ。以下引用。
「この実践知ないし行動知は、普段の執拗さで習慣化するまで積み重ねた経験によってのみ会得でき、しばしば直観的と呼ばれるものである」
・筆者は行動的直観としているが、福井博士は科学的直観として説く。
・ドラッガーはバーナードを余り研究しないので、このような哲学が既に説かれている事を知らず「新しい哲学」として「総合の論理」を求めている。筆者は経営学本格化の道をバーナードに見る。
4 バーナード理論と実践理論化学説
・バーナードは実践の立場から「主体の論理」を体現する特異で独創性豊かな理論によって、一冊の著書により歴史に残る偉業を成し遂げた。
・主知主義的な立場からからの対象論理や分析論理による理論とは異なり、この理論の特異性がバーナード理解の鍵。加藤勝教授ほか少数のみが自覚し、苦闘している。
・一八章「結論」第二節、「付録・日常の業務処理における心の働き」はバーナード思考の真髄を最も明確に、具体的に説いている。
・そこでは人間のmental processをlogical mental processとnon-logical mental processに分け、一般に見られるlogical process偏重の誤りを指摘、実践課程においてはnon-logical processの有効性を自己の体験を通して説得している。
・直観は経験を積み、研ぎ澄ました行為的直観でなければならない。バーナードはこれを主知主義的な理論知に対して実践知、行動知と名付け「persistent habitual experienceによって獲得され、直観的と呼ばれる」と言っている。
・さらに「具体的な情況の中で仕事をするのに必要であり、管理技術の使用におけるほどこれを必要不可欠とするところはどこにもない」と強調。
・アメリカ唯一のバーナード研究者であるウォルフも強調しているが、その真意を十分に理解していないのは遺憾。
・かつて日本でも経営学は経営存在の一面的、抽象的な理論化学説として、経営経済学、経営社会学、経営心理学などが主張された。他方、経営存在の総合性に着目して総合的な理論科学説として馬場博士の「組織学説」が主張せられたが、総合性の論理が明確でなかった。
・バーナード理論によれば、経営学は分析論理や対象論理による主知主義的な抽象理論科学ではなく、主体の論理による行為的実践的主体存在論的な実践理論科学であるほかない。
→ここに本格的経営学への道が示されており、バーナード理論の真義を見ねばならない。
5 結言―バーナード理論の学史的意義
・バーナード理論を経営学理論から説く三点の意義
- 理論の対象は協働体系―組織―管理という三層構造をなし、「事業と企業と経営主 体統一」という経営存在にほかならない。
人間の協働体系を組織と管理の作用を通して、主体的統一として全一体として把握することは、従前の分析的見方―伝統的な経営経済学や経営管理学―に対する強烈な批判になる。
経営学に対してその対象が統一的全体的な経営存在そのものであることを示すことにより本格化の道を示すものといえる。
- 理論は主体的な存在として協働体系への固有の方法を示した。分析理論や対象理論による方法では有効ではない。システム・アプローチさえも、生きた主体的協働システムに対しては別な考慮が必要。主体的存在に対しては「主体の論理」以外に方法がない。
「主体の論理」はそのまま「経営の論理」であり、人間そのものの論理。究極的には「社会における人間の物語」
理論の歴史定義は「人間の論理」「主体の論理」が「経営の論理」に限定されることを説いた点にあり、「バーナード革命」も過言ではない。
- 理論は新しい型の社会科学―伝統的な「社会自然」の法則定立の抽象理論的社会科学に対して「人間協働」の原理探求の実践理論的社会科学―の成立を暗示。
この意味から、本格的な経営学は経営存在という「人間協働」の実践理論科学として、経済学や社会学に対立する別系統の科学といえる。
経営学史的に画期的。将来炯眼の士によりその意義の重大性が解明されることになるだろう。
・筆者は西田哲学によりながら経営実践過程の考察により実践理論科学説に到達したが、バーナードは既に自己の経営実践体験を行為的直観的に主体の論理によって理論化することで到達。
・実践理論化の経営学史上における輝かしい業績。学理的に見る限りはテイラー以上であり、我々は常にバーナードに帰って現代の経営問題を考え直す必要がある。