福井県鯖江市は嶺北地方の中央に位置する田園工業都市である。人口は6.9万、面積84.5k㎡、一般会計264億、財政力紙数0.66。大村市よりやや小ぶりな地方都市というイメージだろうか。眼鏡・繊維・漆器が三大地場産業であり、眼鏡フレームの生産シェアは国内の9割を誇る。その既存技術を活かして医療分野等に進出しているとのこと。福井県でも唯一人口が増加している稀有な自治体である。ちなみにレッサーパンダの繁殖数が日本一である。
行政が持つデータをweb[1]で自由に利用できるオープンデータ[2]を全国に先駆けて実施しており、その内容について視察を行った。
鯖江市は「データシティ鯖江」を掲げ、駅や公民館に公衆無線LANを整備し、行政データを公開する取り組みを2010よりスタートさせた。1941年と戦前生まれの牧野百男市長はITに明るいわけではなかったが、同市内に開発拠点を置くモバイルベンチャー「jig.jp」の福野泰介社長ら若者の提案を採用し、オープンデータ化を進めてきた。
福野氏は2010年、W3C[3]世界会議に参加した際、webの生みの親であるティム・バーナーズ・リー[4]氏のオープンデータについての講演を拝聴、日本でも同様の取り組みを進めるべきだと感銘。後日、当時のW3Cの日本総責任者・一色正男氏と共に牧野市長に進言。その場で市長は推進を即決したという。
オープンデータは市が目指す「市民協働のまちづくり」の一環でもある。市が公開したデータを活用し、民間がアプリを開発してもらえば、市はコストをかけずに住民サービスを向上させることができると期待している。市がこれまでに公開したデータは「公衆トイレ情報「AED情報」「道路工事情報」など150以上。
事業の主体は政策経営部・情報統計課で特に予算は掛けていない。各部署や消防署などからデータを収集、コミュニティバスの位置情報等を自治体向けオープンデータプラットフォームを利用し、XML[5]/RDF[6]/API[7]で公開してきた。それらを利用して、公衆トイレまでの徒歩ルートを表示するアプリ、消火栓の位置情報アプリ、コミュニティバスの現在地が分かるアプリなど約120を開発。自治体では初めてW3Cに加盟した。
先進的な取り組みにマスコミの取材が相次ぎ、オープンデータ関連のイベント「オープンデータ流通推進コンソーシアム」で最優秀賞・Google賞を受賞するなど、外部からの評価が高まっている。政府が閣議決定した「世界最先端IT国家創造宣言」がオープンデータの推進をうたったことが発端となり行政視察も相次いでいる。最盛期には二日に一度の視察を受け入れていたとのこと。
市民力とIT活用力によるまちづくりとして、IT推進フォーラム・オープンガバメントサミットの毎年開催や市民参加型アイデイアソン[8]、AR[9]アプリコンテストなどを展開している。デジタルディバイドの解消を目指して、シニア向けのタブレット・アプリ活用講座や、こどもパソコン「Ichigojam」を活用し、プログラミング教育に力を入れているとのこと。
ただし、短期的な成果は見えづらい取り組みでもあるという。人気のアプリでもダウンロードは400程度、アクセスのほとんどが県外のオープンデータ専門家やエンジニアによるものである。アプリ開発者は福野氏以外になかなか現れず、県内単位で数件だという。市長のリーダーシップによって推進されている事業で、市職員がメインエンジンであり多額な予算は発生していない。そのせいか議会も静観しているようだ。この取り組みが、現段階では市民サービスの向上や経済の活性化といった成果には繋がっていないといえるだろう。
担当者によれば「まだ何に役立つかわからない部分が多い。しかし、新たなWEB時代が迫っている事は確実で、方向性は見えつつある。新たなプラットフォーム・インフラづくりの為に、できる事を重ねている状況」だという。要するに市長のトップダウンによる「走りながら考える」系の取り組みであることが推察される。現在3期目の牧野市長は、5ヶ月後に任期満了を迎え、4選出馬表明を6月議会で行う見込みであるということだったが、目立った対抗馬は現れていないということであった。
この事業の継続性は市長のリーダーシップに依るところが大きい。今後の展開が気になるところである。
所見: 鯖江市は牧野市長のリーダーシップの下「データシティ鯖江」「JK(女子高生)課」「OC(おばちゃん)課」などユニークな取り組みで注目を集めている。
現状で、この事業の最大の効果は「広報宣伝効果」にあるのではないだろうか。先進地として話題になり、様々なメディアに取り上げられることで、ほぼコストをかけずに莫大な宣伝効果を生んでいるとも言えるだろう。これは牧野市長のリーダーシップに依るところが大きい。
しかし、オープンデータによる実質的な成果が生まれているとは言い難い。マスコミの熱は次第に冷めていくだろう。鯖江市民に直接福利をもたらしてはいない。しかし、担当者の説明からは新たなWEB時代に対応する為の助走期間であり、国内トップランナーであるという矜持が感じられた。未だゴールは見えない。しかしそれは未だゴールが定まっていないからであり、シニア世代までデジタルデバイスの普及が進めば、程なく沸点に達するだろう。鯖江市は先発優位性を追求していると言っていい。
加えて、鯖江市は眼鏡の国内市の生産地である。ウェアラブル端末の開発が進んでいるが、その中でも電脳メガネには大きな可能性を感じる。伝統的な鯖江のもつ「ものづくりの強み」にIT技術が融合するイノベーションにより、産業化の期待が高まるところだ。
大村市はこの事例に対してどのような態度を取るべきであろうか。
IT技術の分野においては先発優位性を追求することは難しいだろう。ならば後追い戦略を取るべきではないだろうか。リスクを回避し、開発コストの抑制にもつながる後発優位性を追求すべきだ。
その為には先ず、行政が保有するデータをオープンデータ化し、公開すべきである。オープンデータには5段階があるとされ、大村市の公開しているデータはpdf形式が主流であり第一段階にしか達していない。鯖江市は第3段階からスタートした、とのことである。
オープンデータ化の作業に要する行政職員の事務量は若干増加するが、無料のASPサービスも存在し、行政コストはさほど大きくないと言える。そのデータを誰がどのように利用するのか?という議論はあってしかるべきだが、そこが確定しないと腰を上げない、という態度では「花と歴史と技術のまち」を標榜する自治体には相応しくないと言える。現在、南島原市がアイデイアソンおよびハッカソン[10]の企画運営を主体としたIT人材育成・発掘事業の公募型プロポーザルを実施している。IT技術は新たな価値を生む産業に繋がることは間違いない。後塵を拝すのはそろそろやめにしたいところである。
[1] Webとは、インターネット上で標準的に用いられている、文書の公開・閲覧システム。文字や画像、動画などを一体化した文書をネット上で公開・配布したり、また、それを入手・閲覧することができる。文書内に別の文書への参照を埋め込むことができる「ハイパーテキスト」と呼ばれるシステムの一種。“web”とは蜘蛛の巣の意味であり、大規模なハイパーテキストの文書間の繋がりを図示すると複雑な蜘蛛の巣のように見えることからこのように呼ばれる。
[2]オープンデータ(Open Data)とは、特定のデータが、一切の著作権、特許などの制御メカニズムの制限なしで、全ての人が望むように利用・再掲載できるような形で入手できるべきであるというアイデアである。
[3] W3Cとは、WWW(Web、ウェブ)で利用される技術の標準化をすすめる国際的な非営利団体。Web技術に関わりの深い企業、大学・研究所、個人などで構成される。1994年10月にWeb技術開発の中心的人物であったTim Berners-Lee(ティム・バーナーズ=リー)氏らによって設立された。W3Cが提唱する標準は「W3C勧告」(W3C recommendation)と呼ばれ、HTMLやXML、CSS、DOM、RDFなどWeb関連の技術仕様の多くが含まれる。
[4]ティモシー・ジョン・バーナーズ=リー(英語: Timothy John Berners-Lee、1955年6月8日 – )は、イギリスの計算機科学者。ロバート・カイリューとともにWorld Wide Web(WWW)を考案し、ハイパーテキストシステムを実装・開発した人物である。また、URL、HTTP、HTML の最初の設計は彼によるものである。メリット勲章(OM)、大英帝国勲章(KBE)、FRS(王立協会フェロー)、FREng(王立工学アカデミーフェロー)、FRSA(王立技芸協会フェロー)を保持する。
[5] XMLとは、文書やデータの意味や構造を記述するためのマークアップ言語の一つ。マークアップ言語とは、「タグ」と呼ばれる特定の文字列で地の文に情報の意味や構造、装飾などを埋め込んでいく言語のことで、XMLはユーザが独自のタグを指定できることから、マークアップ言語を作成するためのメタ言語とも言われる。
[6] RDFとはW3Cが勧告する、XMLをベースにメタコンテンツ(情報に関する情報)を記述するための規格のこと。もとは、米Apple社が開発したMCFを米Netscape社が買い取って改良したもの。RDFで記述された情報は、図書目録のようなものになり、WWWに関連する情報を効率的に検索したり分類したりできる。
[7] APIとは、アプリケーションプログラムインターフェイスの略語で、プログラミングの際に使用できる命令や規約、関数等の集合の事を指す。 ソフトウェア開発の際、いちから全てを作るより、APIを利用すればもともとあるプログラムを呼び出して、その機能を組み込んだソフトウェアを開発することができる。
[8] 「アイデアソン(Ideathon)」は、アイデア(Idea)とマラソン(Marathon)を掛け合わせた造語で、ある特定のテーマについて多様性のあるメンバーが集まり、対話を通じて、新たなアイデア創出やアクションプラン、ビジネスモデルの構築などを短期間で行うイベントのことを指す。
[9] ARとは、現実の環境から視覚や聴覚、触覚などの知覚に与えられる情報を、コンピュータによる処理で追加あるいは削減、変化させる技術の総称。
[10]「ハッカソン(Hackathon)」とは、ハック(Hack)とマラソン(Marathon)を掛け合わせた造語。エンジニア、デザイナー、プランナー、マーケティターなどがチームを作り、与えられたテーマに対し、それぞれの技術やアイデアを持ち寄り、短期間(1日~1週間程度)に集中してサービスやシステム、アプリケーションなどを開発(プロトタイプ)し、成果を競う開発イベントの一種を指す。