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経営戦略論の講義、今回は資料作成と発表担当でした。

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上手くまとめきることができなかった。
学びの道は遠く険しいです。

以前も書きましたが大学院は中国からの留学生ばかり。
この授業にいたっては日本人は私だけ。

彼らの優秀さには舌を巻きます。
負けてたまるか。

 

 

以下作成資料(8,000字超)

経営戦略論 2015,10,6 担当教員:土橋力也

■第Ⅰ部・企業の境界 第1章・近代企業の発展
○企業戦略に関する普遍的な経済原則を明らかにする
→マネージャーへの貢献
○多様な事業状況に経済原則を適用できるか?
→3つの時代で検証(1840、1910、今日)
・事業インフラと市場がどう影響したか?(企業規模・活動範囲・企業組織の対応)
・3時代の対象根拠
1840年以前:小さな企業規模、限定的な地域
1840~1910年:インフラの変化による巨大な企業規模、協調と管理の問題
1910年以降:通信とデータ処理の革新による事業環境対応力の向上、変化の加速

■1840年の世界
○1840年の事業
・当時の事業家達:ファクター(販売代理人)、エージェント(買付人)、ブローカーとその事業
・ブローカーの助け(情報)をかりたリスクのある売買
情報→ファクター、エージェントの顔ぶれ、供給の目途、需要の大きさ
リスク→売買価格の変動リスク(生産地と取引地の距離によって比例)
・少ない情報と高リスクの影響
→事業の性格を決定づける。所有と経営の分離が進まない。銀行の事業拡張融資が消極的。

○事業環境「近代的なインフラの無い状況」
・貧弱なインフラ
→家族経営の小規模事業が多い
・インフラ整備における政府の役割
→輸送、通信、金融、生産技術の為の基礎研究

○輸送
・鉄道の普及
→馬車からの代替が進んだ。しかし、アメリカにおいて統合輸送の開発完了は1870年。
・水路
→鉄道が開発されるまで長距離輸送を担う。エリー運河の開発によりイリノイ州の人口は15万7000人から47万6000人へと3倍に。シカゴは500人から4000人以上へと8倍に増大。
・運河と鉄道によって成長は進んだが、安全かつ信頼性の高い大量輸送は未確立。
巨大企業の出現までには至らず。

○通信
・長距離通信は郵便が中心
→馬による配達。誰でも利用できるが時間がかかり高価。通信量の拡大に対応するのは困難。1845年および1851年にアメリカ郵政省が料金を大幅に引き下げた後、商用通信の量が増大。
・電信の広まり
→1830年に開始、1852年には殆どの鉄道線に対して敷設。1870年にはウエスタン・ユニオン社が最大企業の一つになり成長に必要な通信インフラを構築。当初はその価値が不明瞭で企業の採用は進まなかったが、価格決定など重要かつ緊急なメッセージの為には妥当なコストだと判断し始めた。

○金融
・金融インフラは未発達
→長期的、大規模な借り入れが困難、ほとんどの事業体は合名会社。株式取引は低調で価値が上がらなかった。
・民間銀行の主たる役割
→短期信用貸しの付与。1820年のアメリカには300以上の銀行が1837年には788行となった。
・1837年恐慌のような周期的な不況、好況が繰り返された。
・小企業への融資
→融資を受けるには困難。貸し付けは正式な手続きではなく、個人的な繋がりによって行われた。小企業の可能性が制限。
・大型プロジェクトへの融資
→政府や私的コンソーシアムが大型プロジェクトへ資金提供。1840年以降、投資規模が拡大。資金調達は民間人や小さな投資家グループから政府や投資銀行へ。

●事例「シカゴの台頭」
・アメリカ中西部都市間の競争
→シンシナティ、トレド、ピオリア、セントルイス、シカゴは通商の中心の座を巡り激しく競争。インフラと技術革新によりシカゴの商業組織と金融資産が突出。中西部生産の穀物を全て取引、精肉業界を支配。
・競合とは異なる方法で繁栄
→冷蔵貨車により精肉の価値を維持。穀物エレベーター、先物取引により大量の穀物を扱うリスクを低減。
・インフラへの投資の必要性の拡大
→鉄道、冷凍設備、穀物倉庫、先物市場の発展が起業に必要であり、投資の必要性が生じた。その為には取引量、スループット(投入物と産出物が生産プロセスを通過すること)の拡大が投資回収の条件であり、必要なインフラ(東部と西部からの鉄道と水路の結節点)が備わっていたシカゴが台頭した。
・ハブとして発展
→シカゴの成長を促進する企業家の努力により東西南北への鉄道の重要なハブとなった。いったんハブとして台頭し始めると、他の鉄道もシカゴを通過しやすくなり更に大きな輸送の中心地となった。

○生産技術
・未発達な生産技術
→前世紀の技術での企業活動が主流。当時の最新技術でも大量生産は難しかった。企業活動の広がりの制約の原因でもあった。主な動力源は家畜であった。

○政府
・公共インフラ整備の担い手
→民間は競争相手を利するインフラ投資は行わない。政府機関は競合しないので公共インフラ整備を担う。1820年から1838年まで18の州が運河6000万ドル、鉄道4300万ドル、有料高速道路450万ドルの信用貸しを行った。1840年の政府は1830年と比較すればインフラ整備には関わらなかった。

○要約
1840年における経済活動はインフラ不足に制限されていた。現在のようなプロ経営者はおらず、オーナーが企業を運営した。
しかし同時に輸送と通信のインフラ整備が進むことにより、大規模な経済活動が可能になり始めた。

■1910年の世界
○1910年の事業
・プロフェッショナル・マネージャーの誕生
→1840年から1910年の間、事業は急速に変化・成長。大企業が多くなり、日常の意思決定には大きすぎたのでプロフェッショナル・マネージャーという新階層が出現した。
・階層型企業の発展
→インフラと技術の変化、大量生産技術の開発(ベッセマー製鋼法・連続生成タンク炉等)により発展。低コスト生産の実現
・成長への必要条件
→原料の安定供給、広範囲の流通、販売店へのアクセス、固定的な投資、スループットの拡張。スループットはインフラ開発(鉄道、電信・電話、銀行と会計制度)によって確保。
・生産体制の再編成
→新技術への投資回収の為に生産力向上とスループット増加が必要。新技術の活用には生産体制の再編成が必要。企業オーナー経営者の責任も増大。本社調整機能の必要性も増加。
・垂直統合への志向と生じる業界
→製造業者は原料生産や完成品流通を自分で行うようになった。大量生産による供給と流通のギャップで生じるリスクを回避した。
また、垂直統合が生じるのは大量生産によりコスト削減ができる新技術が生じる業界(鉄鋼、化学、機械)であり、新技術が生じない業界(繊維、家具製造)では垂直統合は生じない。
・水平的拡大
→多品種生産による事業の拡大が進んだ。規模の拡大と複雑さも発生し、事業部制組織として再編成された。
・競争の制限
→垂直または水平的統合された企業の成長とともに業界内の企業数は減少し、合併と非公式な提携が発生、競争の制限に繋がった。これは独占状態を生み、利益を増大させた。アメリカ政府は独占解体の為、反トラスト活動を指示した。
・人事管理機能の発生と手法
→統合した企業は、複雑で相互に関係した仕事に多くの人を採用。従業員管理の為、体系的な手法を取り入れた。経営コンサルタントの影響もあり、あまねく浸透した。
最も知られている手法は「科学的管理法」(フレデリック・W・テイラー)で時間と動作の研究により最も効率的な方法を識別、インセンティブや制裁を駆使して最適労働を強いるものであった
・経営階層の発生と発達
→市場の「見えざる手」に代わり「見える手」を用いる階層型組織には経営管理が必要となった。様々な機能を横断・調整する為の経営階層が必要となった。
経営階層が発達するとプロフェッショナル・マネージャーが出現した。企業オーナーに代わり事業管理と調整を行った。彼らはデータを標準化されたかたちで集める方法を見つけ出し、初期の原価計算に繋がった。
・産業界の変化による問題
→過剰拡大や過剰設備、官僚主義や形式主義、労働組合との暴力的衝突といった問題が発生。企業オーナーの利益の為に働くことをどう保障するか、といった新たな問題が提起された。

○事業環境「近代的インフラ」
・重要な新しいインフラは輸送と通信において1910年までに出現。全国的な市場の成長を促した。

○生産技術
・1840年と1910年の間に大きく変化し、廉価な大量生産の成長を促進。

○輸送
・鉄道網が継続的に成長、確実なスループットを可能にした。大量流通業者のシアーズは鉄道により広く散在した顧客に、多様な消費財を効率的に配送した。

○通信
・電話の重要性が高まる
→通信の正確さや迅速さが向上し、企業の取引量は増大した。中でも電話が台頭し、大規模生産と販売を支えた。発明当時はその可能性は未知数、特許紛争等で混沌としていたが、1880年までに特許紛争は解決され、新技術が統合された。多くの利用者を低コストでつなぎ電話は電信に代わって急速に広まった。

○金融
・証券市場が活発化
→金融インフラは信用情報機関や分割払い融資、通信インフラの開発により更に発展した。
・会計の発展
→広がる企業活動の記録の為、報告についての新しい手法が必要となり、会計手法が開発、上場企業の会計報告基準が法制化された。
鉄道:運行効率管理の為の原価計算の刷新
マス・マーケティング会社:利益を売上高の変動と関連付ける為の在庫回転率
・会計報告と会計士の増加
→会計報告は投資家の為に正確で詳細な企業情報を公開するという概念になった。
1844年~1900年、イギリスで制定された法律は株主総会への正確な情報提供、利益からの配当、資本の保全、監査の実行を要求。
アメリカでは1883年に独立会計事務所が設立、1866年に公認会計士協会が組織された。

○政府
・規制の増加
→会社法と企業統治、独占禁止、労災規定と労働者保護、寡婦及び遺児の為の保険など規制が増加。企業の振る舞いや経営に影響を与えた。政府は経営者事業運営データを収集させた。これはプロフェッショナル・マネージャーにとっては有効なものであった。
・教育による労働能力の向上
→全国民の中等教育義務が先進国の標準となり、大企業が求める専門的ニーズを満たす労働力を生み出した。

○要約
・経済的インフラの拡張
→低コストで市場や生産ライン、生産量を拡張。新技術が標準化された大量生産を可能にし、鉄道網の発達が全国市場への流通を確実にした。電信によって地理的抑制を克服し、金融の発展により大規模な商取引が可能になった。
・企業の再編成
→垂直および水平に統合された企業が大量生産によるコスト削減を活用する為、自社の再編成を行った。プロフェッショナル・マネージャーが台頭し、重要な意思決定を下すようになった。

■今日の世界
○今日の事業
・1910年以降ビジネスの手法は大きく変化
→グローバル競争時代の到来。ニッチ企業が低コストで注文生産を可能にした。大量生産によるコストリーダーシップ企業は変化に適応するのが遅れた。
企業と政府の関係が企業戦略と業務に影響を与えるようになった。
・多角化のペースが加速
→企業によっては1890年に多角化を開始、第二次世界大戦後に著しく増加。
多角化は関連市場や流通経路における新たな機会から生まれた
・フィリップ・モリス、クエーカー・オーツ:企業ドメインを超えた広範囲の製品を流通。
・ユナイテッド・テクノロジーズ、3M:ジェットエンジン等の基盤技術から一連の関連事業部門に応用
・ITT、テクストロン:互いに無関係の事業でポートフォリオを構成。
・コングロマリットの経営陣
→持ち株会社として企業を運営、戦略的・戦術的な決定は事業単位に委任。
この傾向は1970年代に弱まり、中核の事業に集中し事業部門のつながりを強めた。
・企業の内部構造・垂直的生産チェーンの見直し。
→殆どの多角化された企業は事業部制を採用していたが、関連の弱い事業に多角化するとともに経営陣の役割は変化。
高度に多角化されたコングロマリットは階層構造を取り払い本部スタッフを削減。
・ダウ・コーニング、アモコ、シティバンク:
従来の複数事業部構造では、異なる顧客層・市場分野にまたがる複雑な生産プロセス調整は困難。マトリックス構造(2つ以上の階層組織を一部重ね並用してスタッフを調整)を採用した。
・ベネトン、ナイキ、ハーレー・ダヴィッドソン:
ブランドイメージを本社管理する単純な組織階層。生産、流通、小売り等重要な機能は外部の専門企業に委託。
・マネージャーの仕事の変化
→市場取引に移行しない管理業務は自動化が進み、マネージャーは高度に技術的・専門的・調整的な仕事やより広範な一般管理に注力するようになった。
競争が激しくなり、素早いアイディアの活用などが重点に置かれた。特定の事業部門を中心とした縦の命令系統での階層構造から、企業内外の機能分野を横断する役割を必要とするようになった。
結果として組織権力の所在、キャリアパス、業績評価の方法にも変化が迫られた。

●事例「事業環境への対応:アメリカにおける捕鯨のケース」
・捕鯨事業の変遷
→初期:多数の比較的小規模事業者の激しい競争。大企業のコスト優位は殆ど無し。
イノベーション:捕鯨砲や効果的な銛で生産性は改善。しかし基本的な方法は変わらず。蒸気機関の影響も限定的で生産性の改善は小幅に止まる。
・代替製品との競争激化、需要の増大
→鯨油と石炭、灯油等との競争が激化したが、潤滑油としての需要増大が競争増加を相殺。鯨油価格は2倍になり、業界全体の産出量は10倍に。
・捕鯨リスクの増大
→急速な需要増大を対応する為、新しい漁場への長期航海、大型船の使用開始。しかし難破・沈没のリスクが10%に。大型船は補給が困難。捕鯨の地理的中心地を移し合理化を図った。
・捕鯨産業の消滅
→これらの変化は熟練労働者の望まない変化であり、労働者の質が低下。生産性も低下し、1870年以降に衰退、1914年に消滅した。

○今日のインフラ
・通信インフラの整備による世界規模での活動
→グローバルな活動調整を保証する通信・輸送・コンピュータ技術が独立していた地域市場の相互依存を加速、インフラの不備に対するコストが拡大。
企業はより広い地域から多くの情報を考慮する必要に迫られた。

○輸送
・自動車と飛行機の台頭
→自動車と飛行機による移動は輸送インフラを劇的に変化。高速道路によって自動車は爆発的に増加、トラック輸送は鉄道の強力な競争相手になり、航空輸送はビジネスのありかたを変えた。
→さらに航空・鉄道・陸上輸送は組み合わせて利用されるようになった。同時に都市や起業が鉄道や水路の近くにある必要性を低下させた。
アトランタ:鉄道・水路の接続は貧弱だが、空港の繁栄とともに成長した。

○通信
・遠隔通信技術がグローバル市場を生み出した。
→長距離の情報送受信が可能になり、多岐にわたる製品・サービスのグローバル市場が出現。個人の業務能力と企業の労働者管理能力を徹底的に変化させた。
・新たな経済インフラの方向性
→通信とコンピュータの進歩は従来の統合型企業を時代遅れにさせた。遠隔通信およびコンピュータ技術の基礎的な開発が20世紀後半の経済インフラの方向性を定めた。

○金融
・安定した金融サービスが結実
→1929年の金融市場の破たんは世界不況につながった。その後、商業銀行と投資銀行の分離が進み、中央銀行の役割が強化、証券市場ルールが厳格化され、近代的金融インフラが創設。企業が資金を株式と負債による調達で供給する機能が結実した。
・金融サービスの規制緩和
→1970年代1980年代の金融サービスの規制緩和は金融の役割を変化させた。いわゆるジャンク債によって大きな資金調達が可能となり合併・買収の数と1件あたりの金額が増加、大規模な合併・買収が注目された。
・クライスラーとダイムラー・ベンツの合併
・ソニーのコロンビアスタジオの買収
・ドイツ出版社ベルテルスマンのランダムハウスとバンタム・ダブルデイ・ベル買収
・財務会計の発展
→もともと複数の事業部門からなる企業が複雑さを増す業務に対処する為に発展してきたが、合併・買収、事業再編成、敵対的買収などの会計手続を想像しながら発展した。

○生産技術
・イノベーションによる生産技術の洗練
→生産技術の変化は低コストで高品質な注文生産を可能にした。2000年代のマネージャーは新技術の採用に当たり事業を再編成するか、従来の組織を強化するか選択を迫られた。

○政府
・政府の役割は複雑化
→二度の世界大戦と世界恐慌の結果、政府の官僚主義と経済活動規制は大幅に増加。軍と公共事業に巨額を投じた。
→一方、いくつかの業界で規制緩和を行った(ベルシステムの分割、航空・トラック輸送・金融サービス)
→政府間協定はグローバル市場での企業競争に大きな影響を与えた。医療、職場の安全、差別及び環境に関する政府規制は1960年代、1970年代に一般的となった。

●事例「製鉄業の発展」
・水平および垂直統合の時代
→アメリカは大量の鉄鋼製品を幅広く生産、鉱石採掘から鉄鋼完成品の販売、マーケティングと流通に至るまで生産プロセスを管理
・1950年代、重い製品から軽い製品へ
→鉄道や船の建造に使用される「重い」製品から家電、自動車、コンピューター等の生産に使用される「軽い」製品への需要が拡大した。
それまでの鉄鋼メーカーの殆どが「軽い」製品の需要には応えきれなかった。外国メーカーがアメリカの市場へ食い込んできた。
・新技術の進歩による影響
→諸外国の新設の製鉄会社は新技術のいち早く採用、対照的にアメリカで既に確立された総合企業は旧技術に投資を行ってしまっており、新技術への移行に消極的だった。
規模の優位性は失われ、その重要性は減少した。
国内外の激しい競争に直面し、旧来のメーカーは効率化を強いられたが、いまだ利益を出していない。結果として政府の貿易規制に助けを求めている。

○新興市場のインフラ
・インフラの遅れは多くの新興市場の経済発展を阻害
→交通機関の質は国によってまちまち。開発途上国は他の種類のインフラも持ち合わせていない事が多い。限られた通信や恣意的な金融インフラがアジア経済の崩壊を促進した。
開発途上国の多くをダメにしたのは政府の腐敗、縁故主義、内戦を払しょくできない自国政府であった。

○要約
・大企業から小さな時代へ
→20世紀前半は階層型の大企業の時代だったが、ここ30年の変化により、小さく階層の少ない組織が好ましい構造となった。マネージャーの役割も変化させ、その傾向は続くであろう。
・新たな機会と制約
→グローバル市場の成長は販売力を増加させたが、激しい国際競争を生み出した。
企業が以前は手にできなかった莫大な経営資源を手にできるようになった。
小規模なメーカーも大企業と同等かそれ以上の条件で競争できるようになった。
経営の階層を減らしてマネージャーの仕事をより複雑にしている。

●事例「タイ経済の迷走と交通渋滞」
・タイの経済成長
→政府が投資・輸出を自由化し、無干渉主義を促進した後、タイの経済成長は始まった。多くの投資家がタイの成長を予測し、現実となった。1975年から95年の間、タイ経済は年率8%で成長した。
・経済の衰退
→発達したインフラと複雑な取引のできるマネージャーを欠いていた。投資信用貸しは枯渇し、何千もの労働者が解雇された。1997年政府は競争力維持の為、バーツを切り下げた。
・インフラと規制の欠如
→交通政策・道路計画が機能していなかった為、渋滞が酷く非効率極まりなかった。バンコクで事業を続けたく主たる理由となった。無計画な開発によってモンスーンによる洪水に悩まされた。
排気規制も行われなかった為、大気汚染が広がった。タイのバブル経済は崩壊した。

④3つの異なる世界:一貫した原則と変化する条件と適応戦略
・戦略とは
→企業の置かれた環境に原則に基づきつつ適応する事である。状況は絶えず変化するのでどんな事業戦略も永続しない。
・原則とは
→戦略と原則とは異なる。原則は幅広い状況に当てはまる経済上、行動上の関係である。原則は確固としたもので、何故ある条件に適していて他の条件に適さないのか理解できるようになる。
・自製・購買の決定原則
→企業が十分に大きなスループットを達成できる場合のみ、設備と器具への大きな先行投資を伴う生産技術は、小さな先行投資を伴う技術に対してコスト優位を持つ。
・この原則は3つの異なる世界でも通用する
1840年:適さない。大量生産の為の効率的な技術、インフラが未発達。
1910年:適する。
今日:適さない。効率化された取引は独立した専門企業に委託される。

●事例「インフラと新興市場:ロシアの民営化計画」
・ゴルバチョフ以前のソ連のシステム
→企業財産は3人(政治家・経営者・人民)の所有であった。共産党による完全管理の為、人民は利益を得ることができなかった。効率的な決定へのインセンティブがなく、人民に非効率によるコスト負担を強いた。
・ゴルバチョフの改革
→民営化を促進したが、キャッシュフロー権と管理権を切り離したため、政治家の着服を妨げていた制約が取り除かれ背任と贈収賄が増加した。
・エリツィンの民営化政策
→3部の民営化政策
・政治家と管理者から管理権を剥奪
・管理権を株主に移管、株主の企業管理を可能にした
・民営化された企業のキャッシュフロー権を市民に直接分配(証券として取引)
政治的干渉を最小限にするため素早く大規模に実施。しかし政治的干渉と汚職は回避できず。最終的な結果は不明だが、擁護者はハンガリーや中国の自由化政策よりも優れていると主張。

 

文責:北村貴寿