148通目 楠のある道ウォーク に行って来ました!

楠のある道ウォーク に行って来ました!

第2回となるこのウォーク&バスラリーにスタッフとして参加してきましたよ。
このラリー、戦時中大村にあった兵器工場「第21海軍航空廠」をテーマに歴史を学ぼう、というもので、第1回の開催では大変な反響がありました。

大村には「紫電改」「零式水上観測機」といった海軍の航空機などが造られている大規模な工場があったのです。一時は5万人が働き、何千もの住宅が造られました。
しかし、空爆「大村大空襲(約死者300人、重軽傷者300人)」により滅失し、地中にトンネルを掘って疎開工場なども造られました。
今回はその兵器工場に学徒動員で実際に働いていた、という参加者も・・・

今回の主催を頂いたのは ララコープ 大村ブロック委員会さんです。
前回の内容を若干スマートにした内容
企画はごぞんじ活き活きおおむら推進会議、またまた小又副理事長大活躍です。
私は前回バスの運転手係でしたが、今回は緊急移動用の車両係を拝命、しっかり楽しんできました(^^)

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朝8時集合、結構な雨でしたがだんだんと上がってきました。
日ごろの行いが良いのは誰かな?
今回も神近会長はじめ多数の方々の協力をいただきましたm(_ _)m

先ずは本廠跡を見学です。
取り壊される予定でしたが、この運動により保全されることになり、
今では案内看板も立っています。

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爆撃の跡がクッキリ残っています。
終戦後ここに米軍が進駐し、長崎の原爆の被害調査などを行なったそうです。

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次は海上自衛隊の基地を見学、カモメの水兵さんがお出迎えです(^^)

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当時の海からの航空廠への入り口です、ここにクレーンなどがあり、海からの物資を搬入したそうです。

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当時から残っている格納庫、「リベット形成式」という当時の工法で建築されています。
現在でも使用されており、ヘリが格納されています。

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ご案内いただきました麗しき女性自衛官の方(^^)、白い制服がキマッてますね
毎回ご協力に感謝ですm(_ _)m

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ちょっとはしょりますが、下原口公園、そのなかになにやら大きなコンクリートの塊があります。

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実はこれ、上の図のように戦闘機を隠す為の「掩体壕(えんたいごう)」の跡
250キロ爆弾にも耐えられる強度だとか。

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諏訪住宅です、ここは当時の工員の為に作られた集合住宅が密集しています。日本初のプレハブ形式だとか。どうりで同じような建物ばかりが並んでいるわけですね。

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またまたはしょっていよいよクライマックス
疎開トンネル工場跡の見学です。鈴田の山奥にあります。
のどかな風景の中を歩いて移動、すっかり雨もあがり、気持ちのいい青空です。

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これが入り口です、私有地ですので自由に入ることはできませんのでご注意

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トンネル内部、ここが工場だったなんで信じられません。
奥深く枝分かれしています。

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最後のテストパイロット蓮本さんです。
終戦後に無事残った「紫電改」を米軍とともに航空輸送したそうです。
他にも多数のかたに当時のことを語っていただきました。

ざっとしたレポートでしたが、いかがだったでしょうか。またまた写真集増刷か?(^^)

神近会長の「大村の事を知らずして外の世界を知ることなかれ」、というお話が印象的でした。
スタッフ協力いただいたJCメンバーのみなさん、ありがとうございましたm(_ _)m
なにより小又副理事長、大変お疲れ様でしたm(_ _)m

今日は公開討論会の為の作業部会です。

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