私が平和活動をやめた訳

古い友人はご承知だと思います。

私は20代の頃、オートバイを通した平和活動を行っていました。

 

キャンプツーリングをする方々を集めるイベント「長崎ピースラリー」です。

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小倉に落とされるはずだった原爆が長崎に落とされたという事で、北九州のバイカー達の協力を得、全国から集まるバイカーに千羽鶴を持ち寄って頂いたり、被爆者を招聘し講演をして頂きました。

 

会場には臨時の原爆資料館を設置し、持ち寄られた千羽鶴を飾り付け、収益金を平和推進協会に寄付していました。

今でも色褪せることのない大切な思い出です。

 

このイベントが縁で平和行進にも参加したりしました。

しかし7年続けた後、平和活動は止めることにしました。

 

それは残念ながら、被爆者の言葉によるものでした。

戦争の悲惨な記憶や非核の訴えは全国から集まってくれる皆さんに伝えたい事でした。

しかし、図らずも最後の講演となった被爆者の方は講演の中で政権批判を始めたのです。

 

私が皆さんに伝えたかったのは「平和への祈り」であって政治批判ではありません。

当時、私は政治家になろうなどとは考えていませんでしたし所謂ノンポリでしたが、仲間たちと大事にしてきた祈りのイベントを汚されたような気がしました。

次の年から被爆者の講演は中止、現在は骨髄バンクの支援イベントとして続けています。

 

それからは、私なりに勉強を重ねています。

年を追うごとに思想、信条が定まり、祈るだけでは平和は保てない、という結論にたどり着きました。

 

平和への方法論は数多、同意できないものもありますが、目指すところは同じであると思います。

それぞれの考えを主張する自由は絶対に守らなければなりませんが、同時に考え方の違いを尊重する姿勢も忘れてはならない。

今、その姿勢が欠如しているような気がします。

 

罵詈雑言をあげる方々にその姿勢は感じ取れません。

不寛容が戦争を引き起こす種にもなる、という事を知って頂きたい。

ソビエト崩壊を予言した小室直樹は「平和主義者が戦争を起こす」と喝破しています。

 

そして、本年の長崎市長による平和宣言は政治的な色合いを帯びたものでした。

本当に残念で失望したところです。

 

70年前、日本は国土を焼き尽くされ敗戦。

経済封鎖から始まった無謀な戦争と翼賛体制、追随する新聞社と国民。

途方もない数の命が散りました。

我が国は70年前、国策を誤ったのです。

 

その後、アメリカの占領政策転換、朝鮮動乱による経済発展がもたらした復興。

日本は揺れ動く世界情勢に合わせて安保政策を変化させてきました。

自衛隊の存在自体が違憲とされていたところから、です。

 

残念ながら世界は平和ではありません。

プーチンはクリミア侵攻に核兵器を使う用意があったと公言しています。

内向きになるアメリカと中国の台頭、NPTの決裂。

移り変わる国際情勢を見据えながら、再び日本に戦争の惨禍が降り注がない為に、私たちはどうすればよいのか。

そして、何ができるのか。

 

思考を停止してはなりません。

 

 

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