靖国史観

靖国史観―幕末維新という深淵
小島 毅 (著)

靖国神社から発せられる言説に心酔しているものは少なからずいるはずだ。
JCメンバーにも一定数は占めているのではないかと思うし、かつて私もその一人であった。しかし様々な考え、書物に触れる折につれ私の思想も変わってくる。
そんな靖国神社にまつわる考えをかなりスッキリさせてくれる一冊

戦犯合祀についてではなく、靖国神社の起源からその存在と「国」の考え方を論じています。

さてここでクイズ

その1
明治維新って日本の未来の為になった?それともテロ?

その2
吉田松陰、坂本竜馬、西郷隆盛、の3人は靖国神社に祀られているでしょうか?

その3
靖国に祀られている英霊は日本の為に殉じたのでしょうか?

まあ色々考え方や認識はあるのでしょうか、この辺の史実は押さえておきたいと思いました。
また英霊の定義や儒教から水戸学、国学と紡ぎ合わされる歴史や国体についての考え方など非常に勉強になった。
歴史イデオロギーを披瀝する以上は、史実とその背景まで押さえていないと説得力が無い、感情論になってしまいそうで怖いなと思いました。

著者は「日本人なら靖国に祭られる英霊に敬意を抱け」という独善的な言説が幅をきかせばきかすほど靖国問題はこじれる、と言う。

そして当初は革命の為に散った烈士を鎮魂する為に同士の生き残り(=明治政府の要人)が創ったにもかかわらず、西南戦争・日清戦争を経て皇軍兵士の霊魂収容所となったために「国体」を護持する側を祀る施設に堕ちた。とする。

「勝てば官軍」の論理から靖国神社は生まれた。起源とされる最初の招魂祭の様を思えば恐ろしさも感じる。そして政治的に利用されたり、逆に利用したりを続けてきたのだ。歴史は勝者によって描かれるがそれは内紛の歴史も同様だ。

著者は檄文と称している。もっと話題になっていい本だとも思います。(こんな感覚を持つことも特異なのかな)
でもこの本を読んで激高する方は所謂”こども”かなと思ったり。
また筆がくだけすぎているようなくだりもあって自らを貶めているような。

私は今後も機会があれば参拝するでしょう。
そこに祀られるとして散っていった日本人達がいることには変わりはないからです。

政治や時代に翻弄されつつそうせざるをえなかったこともあるのだろうが、これが子々孫々の為になると思って散った先人達は靖国で再び会おうと散ったのだろうし(全員では無いだろうし、正しいか正しくないかは置いといて)、そこで鎮めをと思う親族がいる。

そういった先人に敬意を表するのは私にとっては自然な行為だ。
誤解を招く表現かもしれないが靖国神社自体は媒介施設である。

だから著者が最後に投げかけている「国の為に」「英霊に」という主語がなんだかんだという話は聞き流す。同意出来るできないと騒がないのも大人だろうと思うから。

そういや民主党は誰もがわだかまりなく参拝できる追悼施設の建設なんぞを訴えていたと思う。これこそ愚の骨頂だ、早く仕分けして欲しいものです。

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