長崎ブロック会員大会、最高の二日間でした
もう言葉がありません

本当に本当にありがとう
私は幸せ者です

暇つぶしに言いたい放題のブロ長挨拶の原稿をどうぞ
毎度のごとく原稿どうりには行きませんでしたが(^^;)

「新日本の再建は我々青年の仕事である」

1949年、戦後の東京に高慢ささえ感じるような気高き志をもってこの国のJCは生まれました

そして、その志が生まれた背景には
「もはや先輩に頼むに足らず、会社を再建し、祖国を救うものは我々以外にはいない!」
という老成者に対する負けん気や反逆心によるものだったとJCバイブルには記されています

日本は戦後の復興を成し遂げ、高度経済成長を実現し、世界で名立たる経済大国に成長しました
2001年には世界第1位のODAを拠出しています

その成長と同時に「明るい豊かな社会を築き上げよう」とするJCの志は全国津々浦々に伝播し、750以上の会員会議所が設立、一時は6万人を超えた組織となりました

そして現在、現在は711会員会議所になり、会員は4万人を切っています

我々の組織の数の力は三分の二になっているのです。それは何故でしょうか

明るく豊かな社会が実現したので、我々のような団体の必要性がなくなってきた・・・

これが理想かもしれません

明るく豊かな理想社会が実現すればJCが必要ない社会となるのです
しかし、そうでは無いことは皆さんご承知の通りでしょう

「JCしかない時代からJCもある時代になった」

近年良く使われる台詞です、公益法人数は2万4千を超え、ボランティア団体は登録されているだけでも8万以上
ここにいるメンバーも2つ3つの団体に入っているのも当たり前でしょう
選択肢が多くなったから、会員数が減ったのだ

それもあるでしょう

JCはなにかと出費が多い
経済の低迷もしているし、息子がJCにはまって仕事をしなくなっては困る
JC黎明期を築いたのは段階の世代、いわゆる人口が一番多い世代です
その後は団塊ジュニア世代を除いて人口は減少していく
成長社会から成熟社会が到来するのだから、会員の減少は自然なことだ

と色々考え付きます

しかしそのどれも、問題の本質を突いていないと考えています。

私はこう考えます

一向に社会問題が減少せず、本来であればますます必要とされるはずのJCの力が減少する

その原因は、我々自身にある

周りを見渡すと、日々生業に励みJC活動に力を注いでいるメンバーばかりだと思います
全国各地のJCのまちづくりやひとづくりに励んで、素晴らしい事業を展開しています
このブロック大会もその一つでしょう
お金と時間を使い、汗をかき悔しさをかみ締め、時には涙をしながら、運動にまい進しているメンバーの姿を私は身近で見てきています
すばらしい事だと思います

しかし悲しいかな、まだまだ社会が改善されたとは言い難い状況である、ということに真摯に目を向けなければならない

拝金主義批判も何処吹く風、食品偽装はまだ氷山の一角なのでしょうか
親殺し、子殺し、は言うに及ばず、最近では無差別大量殺人です
モラルを失った教師が生徒を傷つけるかと思えば、モンスターチルドレン、ペアレンツが出現しています
4人に1人がうつ病という調査もあり 自殺者は年間3万人を数えます

政治は停滞し、拉致や領土の問題を一向に解決できない国家
万引きをする警察官に、汚職や既得権益を守りたがる官僚たち
偏向報道は言うに及ばず捏造やインサイダー取引にまで手を染めるマスメディア
憲法違反だと言い放っておいて、その後の議論を封鎖する判決を下すこの国の司法

もうなんとも言い難い、開いた口がふさがらない情けないニュースが、連日連夜飛び交う社会です
それも、どこか今までとは違う、異質な社会問題が顕在化している

しかしそれらは特殊なケースで、私たちの生活には直接関係無い、まだまだ長崎は大丈夫・・・ともいえなくなってきました。

不況下での物価高、スタグフレーションが進行し、生活は苦しくなる一方で増税論議が始まるようです
社会保障の税源は不透明で、我々がリタイアする年を迎えた際、年金は受給できるのかどうか怪しいところです
県民所得は5番目ですか、悲しいかな後ろからの順位を脱することはなかなか出来ない
そして県内で起こる悲しい事件は全国の紙面を飾ることがたびたびです

我々が生活したい、子どもたちに残したい、この国に生まれてよかった、と手放しで喜べる社会では無いはずです

それでは、国を変えていく、社会に変革をもたらす、地域を変えていくには、どうすればよいのか

それには、まず我々自身が変わらなければならない

我々にこそイノベーションが必要なのです

イノベーションは進化と継承のバランスがとれた良好な循環を作り出すこと、と定義しています

継承すべきものはもう十分すぎるほど分かっているはずです

それでは我々に足りないものは、さらに進化させるべきものは何なのか?私には3つの事が思いつきます

一つ目、それは自己への厳しさです

我々が行っている、まちづくりやひとづくりの事業、その効力を疑うことです。
本当に社会を改善しているのか、その事業を完遂し、何がどう変わったのか?
市民の意識を変えることができたなら、それは何人の意識を変えたのか?
事業が終わった、お疲れ様、よく頑張った、さあ肩を組んで飲もう!
それは大変楽しいことかもしれない、しかしその楽しさ、達成感、JCに酔って自己評価にとどまってはいけない
独りよがり、JCよがりになってはいけない、という厳しさをおのずから求めることが必要なのだと思います

二つ目、決断力です

それは流れを変えることを、退路を断つことをいとわない強さです、物事を決する勇気とも言えるでしょう
その一つとして継続事業を疑ってみるのも必要なのかもしれません
先人たちが築き上げてきた事業、その事業をやること自体が目的になってしまっていることはないでしょうか?
厳しい状況で、やってみたいが出来ない、という諦めではなく、やれる状況を作り出す
やれるかどうかわからないなら飛び込んでみる、出来ない理由をあれこれ述べるより、出来る方法を考えること
そして自分を変える、回りを変える決断をする勇気が必要なのです

最後の一つ、それは気高い志です

気高い志、それはすなわち、高慢ささえ感じさせるJC創始の精神に同化することです
老成者に失望したJCの祖は「誰も何も頼れない、俺がやらねば誰がやる」
という炎のような思いに突き動かされたのではないのでしょうか
「世の為人の為」という志は皆さんお持ちでしょう、しかし今はより気高い志が必要なのです
軋轢を生むぐらいの行動や発言も辞さぬ団体でなければ、社会にインパクトを与えることは出来ない
他団体と似たようなことやっている、予定調和の毒気の無い活動や発言を行う
行政の御用学者ならぬ便利な御用団体であってはいけないのです

己への厳しさと決断力、そしてより気高い志を身にまとう

大変な道かもしれません、しかし、JCはサロンやサークルではない、社会を変革しよう、という団体です
大変さを恐れて背中を向けるには私たちはまだ若い

覚悟を決めて火中の栗を拾うことが、地域に必要とされる私たちであり続けるための方法です

我々が生活したい、子どもたちに残したい、この国に生まれてよかった、と思える社会を実現する
その為に国を変えていく、社会に変革をもたらす、地域を変えていく、長崎を変えていく

幸いなことに私たちにはまだ大勢の仲間がいます、我々の力を結集すれば必ず出来ます、絶対に出来る
その為にまずは私たちが変わる必要がある、イノベーションを興す必要があるのです
進化と継承のバランスが保たれ、良好な循環を実現すれば、我々の力は更に飛躍することが出来るでしょう

1年前この会長職というバトンを頂き、数多くのメンバーに助けられながら、ここまで来ることが出来ました
そしてこのバトンを無事に渡せることに喜びを覚えます

しかし、まだ道半ばであります。更なるイノベーションを興すために、残りの任期を懸命に全うする所存です

どうか今一度、皆さんの力を貸してください

この大会を迎えるために、昼夜を問わず県内各地を飛び回ってくれたメンバー、
大会に参画し支えてくれた、県内外より駆けつけてくれたメンバーに心から感謝いたします
そして長崎県知事、島原3市の市長をはじめとするご来賓の皆様、事業にご協力を頂いた講師の皆様
何より大会に足を運んでくれた市民の皆様へお礼と、更なるご指導ご鞭撻をJCに賜りますようにお願いをもうしあげ、式典でのご挨拶とさせていただきます

「気高き日本」の創造!地域に必要とされるJCであり続けるためにイノベーション!

ありがとうございました

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