長崎ピースラリーの軌跡 ~その4・最終章~

一石を投じれば、その波紋は広がる

ミーティングを主催するにあたって、色々なアドバイスを頂いたり
相談にのってもらったり、各地のバイカーを紹介して頂いたりした

惜しまれつつ暖簾をおろされた小倉の居酒屋「恵比寿亭」
そこで思いついた広島から長崎へ千羽鶴をはこぶ「鶴ラリー」も
シリウスMCを中心とするバイカーの全面協力の元、現実の物となっていった

原爆の残り火を運んでくる人の参加、トイラン、テレカランとの連携
東京からリレー形式で折鶴を運んでくるHDN鶴ラリー
手話通訳者の協力、旅人のスタッフ参加

様々な思いが集まった2000年の秋
そぼ降る雨の中で開催した第1回目の長崎ピースラリー

鶴ラリーが入場してくるところは今でも鮮明に覚えているし
やり遂げた時の感動は忘れることが出来ない
正直涙腺が緩みっぱなしだった

詳細はレポートをWEBサイトで見て欲しい
初回のものと比べると回を重ねるごとに
手抜きになっている感もあるが、どうかご勘弁

2回、3回、と6年間の開催を経てきたが
その間には本当にいろんなことがあった

工事の都合で会場を変更しなければならなくなったり
広島の千羽鶴放火事件に憤慨し、長崎から広島へ折鶴を運んだり
911同時多テロ被災者の鎮魂とした
千羽鶴がニューヨークより奉納されたこともあった
チャリティーオークションを開催したり
アコースティックライブをやったり
ここには書けないことも幾つかある

そして私の心にもある変化が生まれた

これまでの6年間、本当に沢山の人々の思いを寄せてもらった長崎ピースラリー
考え込む性格が災いしてか、このままで良いのだろうか?と思い始めた
ぼんやりとだがある種の「慣れ」も感じていた
それは特に運営側の私たちの間に感じてとれた
開催前にはミーティングを行うのだが、メンバーの意見のやり取りをとっても
明らかに温度が下がっているように感じる
これがマンネリ化というものか

それはそれでよい
平和を考える一夜が毎年の恒例行事になる
それはそれで素晴らしいことだ
しかしなにか物足りなさを感じてしまう
それは何故だろう?

平和を考える一夜を創造する

一年一夜を6年間重ねるうちに
ピースラリーには沢山の思いが集まるようになった

祈りを抱えて薄汚れながら走ってくる仲間達
商売にならない出店
この地で一緒に生きていくファミリー
雨でも行くから、車でも行くから
家内がピースラリーには行けというんだ

そんなもったいない言葉を頂くこともある、恐縮の至りであり
そして、それはこのラリーの誇りだ

このまま続けるのも良いのかなあ、と考えたりする

しかし、あの問い、が私を悩ます

バイブズに掲載させていただいた1枚のメッセージを覚えているだろうか?

「もう5年だな、聖地は整地できたのか?」

この問いが、私を悩ますのだ

それは、ピースラリーを開催し、なにが、どうなったのか?
という自問自答であり、それをはっきりとさせなければ
その問いからは解放されることはないのだろう

我々の世界に変化が訪れただろうか?
世界が平和になっただろうか?
戦争が終わったか?
何かが変わったか?

何も変わっちゃいない
戦争はあちらこちらで起こっている、世界は平和になっていない
あろうことか核開発が国威発揚のトレンドになる始末だ
武装放棄で平和になるとは到底思えないが
この国は砲弾が飛び交う遠い異国に同胞を送りこんだ

それでも何かをあげるとすれば
原爆と戦争の悲惨さを知るバイカーが少しばかり増えたぐらいだろう

もともと世界平和を実現するためにピースラリーをはじめたのではない
自分達の居場所を「長崎」という地に作り出す
そのために「長崎原爆」というテーマを用いたのだ
そして、ピースラリーは長崎に自分達の居場所を作り出した
なかなか天気には恵まれていないけれど(笑)

これが事実であり真実だ。それでいいじゃないか

いいじゃないか?

いいのか?

それで?

なぜ私は満足できないのだろう?
私はどこへ向かおうとしているのだろう?
なぜ悩まされるのだろう?

人生という名の旅があるならば
私は数ある分岐の前に差し掛かっているような気がする
今はそこからどちらに向かうのか
考えあぐねているようなものかもしれない
この旅はいつ終わるか分からない
まだまだ先のような気もする
しかし突然終わりがやってきたりすることも知っている

ピースラリーは自身の処し方にも大きな影響を与えた
大雑把だが平和とは戦争の無い状態の事をいう
戦争とは国同士の最終的な外交形態であり、それを決するのは政治だ
たから政治家になろうと思う(理由はそれだけではないのだが)

「ミーティング主催」という種を蒔き、芽が出て育ち実をつけた
収穫のときが来たのかもしれない
実を取り、枝葉を払ってやらないと、新しい実は育たないのだろう
私はこのラリーにどう携わるべきか
このラリーにどんなメッセージを込めたいのだろうか

ただ、このままでは駄目だと思った
今までどおり、なんとなく、では駄目だ
何かを変えなければいけない
うまい言葉が見つからないが、そんな匂いがする、これは私の直感だ

万物は流転する

聖地とは遥か彼方にあるから聖地なのかも、と思いもする
万物は流転する、聖地の場所さえも変わるのかもしれない
その聖地を求めて路上の民は果てのない旅を続けるのだろう
アクセルを開けたり締めたりしながら居場所を探し続けるように

聖地は整地できたのか?という問いに
「わからない、まだ途中だ」眉をひそめて答えるのはもう止めよう
顔を上げ「いま新しい旅をしているんだ」と答えたいと思う

私の終わりなき旅、長崎ピースラリー
今年も西のはじっこで待っています

SAVE MY STYLE. 
SAVE MY WORLD. 
FOREVER TWO WHEELS.

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