長崎ピースラリーの軌跡 ~その1~

ハーレーというモーターサイクルに乗り始めたのは10年前。
ハーレーで人生が変わった、という言葉を耳にする。

たしかに、それまではモーターサイクルクラブを作ることなど思いもしなかったし、全国に友達が出来るとも思わなかった。
自前でエンジンのオーバーホールなど考えられない。
ましてやミーティングイベントを主催するなど…。

ハーレーは様々な扉があることを私に教えてくれた。
しかし、その扉を開いたのは、この私だ。

一昔前、ハーレーというバイクは“高価な輸入車”“日本製のバイクほど機能性・信頼性がない”“販売経路が少ない”等々
諸々の要因があり、限られた、いわゆる人生の成功者達の“嗜好品”のひとつ、と考えられていたという。

しかし、経済・流通の発達から、若者が数百万単位のローンが組めるようになり(私もその例にもれないが)ハーレーの正規代理店が各地に進出し始めた。
いまではカスタムショップも花盛り、インターネットを通じて海外からの個人輸入も珍しくない。マーケットは成熟しきっている、といって良いようだ。

世界で一番歴史のあるモーターサイクル。

自由と開放の象徴、イージーライダー。

ハーレーに跨ったロックミュージシャンのアルバムジャケット。
ブラックレザーに身を包んだバイカー達。
“鉄の馬”と表されるあの独特の排気音。

高校生でオートバイに興味をもち始めた私を魅了するには十分だった。

いつしかモーターサイクルに跨り始めるようになり、
大きなローンが組める年齢になった。
200万・60回のフルローンを組み、半ば勢いで購入に踏み切った。

気持ち良い秋晴れの日
新車で購入したハーレーを走らせたときの湧きあがる感動は
今でも鮮明に記憶している。

私のハーレーライフ、が始まった。

暇を見つけては、乗り、磨き、弄り、そのうち“ミーティング”とよばれる
アメリカンモーターサイクルを中心としたイベントに顔を出すようになった。

ミーティングのほとんどは、自然が豊富なキャンプ場で行われる。
会場ではバイカーカルチャーとでも言おうか
レザーウエア・バイカーズクロージング
シルバー&インディアンジュエリー・スワップミート・TATOO…等々の出店が並び
アームレスリング、ロックコンサート等のイベントが行われる。

焚き火を囲みながら、それぞれの道を走ってきた名も知らぬ者達と
酒を酌み交わし、語り合い、なごやかに更けていく夜。

それはまさに一夜限りのコミューンを思わせるような様相で、
私はこの“世界”にのめり込んでいった。

私の地元でも、同じぐらいの年齢で、(もしくはもっと若い)
ハーレーに跨っているものをちらほらと見かけることが多くなり、
道端での出会いが少しづつ重なって、
モーターサイクルクラブ「FARWEST LONGRIDERS」が生まれた。

“西の果ての、生涯乗り続ける者達”と言う意味だ。

クラブを結成してはみたものの、一人で走っている時が圧倒的に多い。
ただ、ミーティングへはメンバー連れ立って走り、
協力し合いながら参加することが多くなった。

クラブのエンブレム(以下カラーズ)を皆でデザイン・作成し、
例にならってベストに縫い付け、クラブの絆の象徴として身に纏うようになった。

仲間のガレージで深夜まで愛車をいじったり、
各地のモーターサイクルクラブとも友好を持つようになり、
“ハーレー”というキーワードを持つ生活をより深く楽しんでいた。

しばらく時が流れ、あるイベントに協力することになった。
もちろんモーターサイクルに関係するイベントである。

私はハードロックを中心としたコピーバンドを学生時代からやっており、
バンドメンバーには移り変わりがあるが、いまでも年に数回バイカーズイベントでライブをさせてもらっている。

当時も仲間内でバンドを組んでおり、そのバンドに出演依頼が来たのだ。
久しぶりのライブ、それもバイカーズイベントへの出演ということで、
皆、燃え上がり練習を重ねてきたのだが直前になって一方的に出場キャンセルを言い渡された。私たちへの満足な説明も無いままに。

また、別のイベントにも協力することになった。
イベントの主催側の“目的”と我々の「来てくれてありがとう!」という姿勢は根本的に異なり、遠方から来たバイカーに入り口で帰ってもらうこともあれば、
キャンプ組からはトイレも水場もない、とても私たちことを考えている会場とは思えない、と苦情を言い渡された。

主催者を責めるつもりなど無い。

それはそれで大変な準備や努力があったのだから。

私たちがもった感情の原因は“主催者の姿勢・内容の認識不足”だろう。
 
あの、自由と開放の雰囲気をたたえた一夜限りのバイカーズヘブン
“ミーティング”に馴染んでいた私が過度な期待を抱いていたのかもしれない。

二つのイベントに関わった。どちらも苦い思いをした。
それで気がついたことがある。

他人の船に乗るのであれば、自分は船員に徹すこと。
行きたい場所があるのなら自分で船を出せば良い

かくして私の心の奥底に“ミーティング主催”という
実のなる樹の種が蒔かれたのだ。

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ハーレーダビッドソンマガジン・バイブズ
民風のコーナーでひっそりと連載開始です

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