おわった。
いやはやほっとした、というのが実感です。はい
で、ちょっと振り返ってみる

昨年から大きな事を言い放ってきた
大村の風物詩を文化へ、100年続くまつりにしたい

それは達成されたのだろうか

わからない、たぶんこの先もまだ分からないだろう、という予感はする

当日はまるでふわふわ浮いているお御輿に乗せられている感じで
あれよあれよと思っているうちに終ってしまった、という感じだ
涙が出るかなとも思っていたけど、ちょこっとだけで、
押し寄せてくるものはなかった。三日のあれは・・・たぶん我慢できただろう
4日の撤去まで終って、少しだけリラックスした日常が寄ってきた
感謝、感謝の言葉しか見つからない
特に100年祭り室、
そして事務局の二人には本当に負担をかけたと思う。ありがとう

来てくれたみんなに、
ご好意を頂いたみんなに
汗をかいてくれたみんなに

ありがとう

そこで、何故感謝の念が湧いてくるのだろうか?

まつりは私のものではない。
それを実行する責任を負っているだけだ。
それも今年だけ(かな?w)

(皆おなじだが)その責任をまっとうする為に、
動き回り、頭を下げ、仕事に穴をあけてきた。
やはり苦情もあるし、寄付金集めの時などはコメツキバッタだ

なんのために?

仕事の為でないことはたしか

金の為でもない(というか自腹きりまくってますよシクシク)

フェスティバルでない、伝統的な、まちの誇りになるものを創りたい、

と大上段にかまえてる事もジッサイあるんだが

あの熱い日にどこからこんな人間が、というぐらい集って
ぶらぶらと夏の香りを楽しんでいる

そんな場所をつくるのって楽しいよな

「自分たちの聖地は自分たちで整地する」
と洒落を聞かせた、ちょっとダサい言葉をいまでも気に入っている

俺たちのまちは

俺たちの力で

楽しくしよう

それは夏越だけじゃなくて、
ピースラリーだったりもするしJCだったり
仲間内の話だったりする

それを総じて郷土愛、と呼ぶ事を知ったが
俺らの世代にはちょっと気恥ずかしい言葉だな

それとな

ネットとリアルを使い分けてる分裂したあんた
夏越にあつまる気持ちに土をかけるなら
俺が現実できっちり相手になるぜ

大人のケンカでね

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