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命のリレー

平成24年の夏、私は骨髄移植を待つ患者さんのドナーとなり骨髄を提供しました。

当時、ブログでその経緯を記していました。

今読むと言い回しが少々恥ずかしかったりします。

ただ、それも思い出なので、そのまま掲載します。

ドナーとなられる皆さんのご参考になれば幸いです。

 

 

平成24年3月9日「通知が来た」

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3月9日、骨髄移植推進財団から郵便物。
JC理事長をやらせて頂いた年にドナー登録して9年目。

定期的に消息確認や情報誌が送られて来ていた。

またそれかな?と思ったが、良く見ると速達。
そして「至急開封・重要・親展」の文字。

急いで中身を見ると移植を待つ患者さんと白血球の型が一致。

ドナー候補者の一人として選ばれたという通知だった。

 

妻と母に提供する旨を伝え、了承を得た。

 

妻は「おめでとう」と言う。
母は「不安だ、妻が許すなら良い」と言った。

 

早速アンケートを記入する。

海外への渡航や病歴などに答える。
福島原発の作業等を行っていないか?という確認もある。
被ばく量が100ミリシーベルトを超えていれば提供できないらしい。

宮城県にボランティアにいったのは、発災の三か月後なので、関係ないだろう。
近年の実績では提供に至るまで、60~140日の幅があると書いてあった。

私は市議会の議席をお預かりしている。

可能ならば議会中は避けたスケジュールを組んで欲しい、と書き加えた。

 

今回は「迅速コース」のコーディネートらしい。
返信用封筒も速達だった
早いほうが良いだろうと思い、本局まで自分で持って行き、投函した。

 

今日は飲まない事にした。しばらく酒を控えよう。
といっても明日も会合なのだが。

今回の適合が骨髄移植にたどり着くかどうかは分からない。
適合して移植した友人もいるが、移植までならなかった友人もいる。

 

守秘義務の許す範囲でレポートしてみたいと思います。

 

3月16日「コーディネーターより連絡」

携帯電話に見慣れない電話番号、私にはよくある事。

出ると骨髄移植コーディネーターだった。
まずは返信した内容の再確認。提供の意思確認、家族の意思確認、病歴等を聞かれる。

骨髄バンク登録運動のお手伝いをさせて頂いていた事もお伝えする。

安心されたようだった。

殆どの方が「まさか自分が」と思われるらしい。

4月に検査日程を調整するとのこと。

 

注意点は

・今後、献血はダメ
・提供後、半年間海外旅行はダメ

ぐらいだったろうか。

 

地元の医療センターでの提供を希望していたのだが、設備の関係で検査まで可能、提供までは無理とのこと。

県内では二カ所、長崎市内か佐世保市内の提供になるらしい。

 

翌日に再度の連絡。4月の頭に検査が決まった。
前日のお酒は禁止。

もう少し前から飲むのは止めとこう。

 

4月3日「説明、問診と採決」

骨髄移植推進財団のコーディネーターと病院で面接。

 

健康状態や病歴、今後の流れなどの説明を受ける。
提供はあくまでも本人の意思、提供を勧めたりお願いされる、と言った事はない。

 

特に丁寧な説明があったのは、これまで発生した事故や後遺症の事例。
これまでに死亡事故も発生している。海外3件、国内1件。

 

しかし財団を通してコーディネートされたケースではゼロ。
医療は日進月歩、年間1200件程度の実績があるという。

後遺症や死亡例は”超”レアケースと言っても良いだろう。
私には身近に提供経験者が複数居て心強いです。

 

私が今回の体験を情報発信している旨もお尋ねする。
提供の時期と病院を公開しなければOKだとのこと。
体験談がインターネットで発信されているのは珍しくないと言う事だ。
あとは事故が起こった場合の補償制度やらなにやら。

そしてドクターの問診、採血。

 

最大5名までが同時に候補者となる。

私が選ばれるかどうかは分からない。

ドナーは血縁から探すのが一般的だが、血縁内の適合率は3割程度だという。

なので登録者を増やす事が患者を救うチャンスに繋がっていく。

現在は登録者も増えており、理論上は殆どの患者に適合者が見つかるという。

 

適合して最終同意をし、コーディネートが開始されると後戻りはできない。

途中で翻す事は患者の命に係わるからだ。

さて、私は適合するのだろうか。

体格が良いからドナーに向いてるかも、なんて話だったが。

 

交通費の支給があった、400円。

財団に寄付をというと、この経費も患者負担に関わるので助かる、と言う事だった。

 

なんでも自治体独自の助成制度を設けている所があるらしい。

ちょっと調べてみるかな。

 

4月13日「一次合格通知」

骨髄バンクのコーディネーターから電話。
先日の血液検査の結果報告だということは明白。
「うわーとうとう来たか」とドキドキしながら電話を取る。

 

「検査結果、適合です。骨髄提供のコーディネートを進めても良いですか?」

「はい、どうぞ進めて下さい」

即答し電話を切る。

 

結構ビビっているのは事実です。

適合しなかったら、ホッとするだろうな・・・なんて思ったのも事実です。

 

 

つーか、止められっか!

ここで!

男だろが!

 

・・・と、少々情けない自分を再発見した一次試験の合格通知でありました。

 

ただ、これでドナー決定ではありません。

 

先日の記事にも書きましたが、最大5名でコーディネートは同時進行しています。
血液検査の合格者が私だけなのか、それとも複数名いるのかは知らされませんが、確率がぐっと上がった事は確かですね。

まな板の上のコイになって二次試験の通知を待ちたいと思います。

 

矢でも鉄砲でも持って来やがれぃ!って感じですよ。ホントにもう。

 

 

 

4月18日「ドナーになりました」

骨髄バンクのコーディネーターから電話。

移植を待っている患者さんと骨髄が適合している旨は先日連絡があった。
それから最大5名までのドナーでコーディネートが同時進行。

患者さんやドナーの健康状態、提供についての意思等を鑑みながら最終の選定が行われる。

その選定結果だろうという事は想像に易い。

この電話は最後通牒。

うわーとうとう来たか…と電話をとる。

 

出ると申し訳なさそうな声(に聞こえた)

「選定結果が出ました」

 

あれれ?

なんでそんなに申し訳ない感じなの?
もしかして俺、ハズレ?
ここまでブログに書いといて外れたじゃあカッコつかないなあ…
でも他のドナーが選定されたって患者さんが救われる事には変わりはないんだから別にいいよね・・・

 

 

「ドナーとして選定されました」

 

「はい・・・よよよ、宜しくお願いします」

 

それから最終同意の日程や病院の選定などの打ち合わせ。
なんかボーっとして聞いてました(汗)

 

正直なところ、もう後には引けねえ、というやせ我慢全開です。
ほとんど薬は飲まないし、病院は苦手。
全身麻酔で眠らされて挿管されてバルーン入れられるなんて考えただけでも・・・

ビビりまくってますよ。トホホのホー

 

 

でも私が健康でいるだけで、

 

ちょっと入院するだけで、

 

少しばかりの痛みをこらえるだけで、患者さんが救われる。

 

現在、年間1200件程の移植手術が行われています。
ドナー登録者が健康でいるだけで、血液難病に生きるチャンスがもたらされている。

そんな素晴らしい事業をやっている骨髄バンク。
立ち上げたのは血液難病の患者さん自身でした。

3分割、合計24分と長めのビデオですが是非ともご覧ください。

 

骨髄バンクを作った大谷貴子さん-1

骨髄バンクを作った大谷貴子さん-2

骨髄バンクを作った大谷貴子さん-3

 

俺もグダグダいってられん。

もちっとマシな体にならんばね。

 

 

5月15日「最終同意」

骨髄ドナーとなる最終同意書にサインしました。

 

最終の説明には私、コーディネーター、立会人、医師、そして親族が同席。
私が先日受けた説明を私の親族と立会人を交えて再度行い、親族と私が同意書にサイン、押印する、という流れです。

立会人が同席するのは、私や親族にドナーとなることを強要したり、懇願したりする事がなかったか?自らの意思でドナーとなったのか?という事をチェックする為のようです。
説明内容は同じですが親族の同意が必要なので、より丁寧な手順をふんでの説明でした。

 

ここで私の不安が的中。

同席した親族は母。質問をしまくったのです。

 

母は医療センターを定年まで勤め上げた看護師。

そして当初から提供には否定的でした。
30万件中4例、それもかなり過去、とはいえ死亡事故があった移植手術。

ごく少数の後遺症の事例も報告されています。

 

人の為とはいえ、自分の息子がそんな手術を受けることをもろ手を上げて賛成するか・・・と考えれば無理もなかったと思います。

医療の現場に居ただけに知識があるから、質問も専門的。
私も知らない専門用語で質問を連発。

 

 

「息子さんには何のメリットもない。あるのはリスクだけです」

 

 

医師やコーディネーターは、そのリスクについて真摯に丁寧に答えてくれていました。

説明が終わり、母は

「私はやっぱり薦めたくない。でも本人の意思、そして妻の了解があるのであれば・・・」

としぶしぶサインをしてくれました。

 

質問を続ける母に少々イライラしてしまいました。
しかし、母親というのはこういうものなのだろう、とも思いました。

 

骨髄バンクによる移植手術は年間約1200件。
長崎県内では15件のケースがあります(2011年)
日本造血細胞移植学会

 

骨髄移植が確定すると患者さんは無菌室で大量の抗がん剤を投与、放射線治療を受けます。

血液のガンに侵された白血球をすべて殺してしまう為です。

 

それはとても体に負担がかかる辛い治療だそうです。

個人差はありますが、髪の毛が抜け落ちたり、とめどない吐き気が患者さんを襲います。

 

そして移植を受けたとしても必ず治るではありません。

治癒率は50%程度、高いとはいえない数字です。

 

厳しい治療、治癒率50%の手術。

 

そんな移植手術を患者が望むのは何故か。

それしか治療方法が無い、という事もあるんだと思います。

しかしその根源には

 

「普通に生きたい」

 

という強い意志があるのだろうと思います。

 

私はそんな過酷な状況に置かれたことがありません。

私にはそんな強い意志があるのかどうかもわかりません。

 

ただ、そんな覚悟をした患者さんのお手伝いができるくらいの勇気を持っていたい、と思います。

 

 

血液のガン、と言われる白血病の原因は不明とされています。
白血病をはじめ血液難病患者は毎年6000人が発症。
骨髄バンクの登録者は約40万人。
しかし親族間でドナーが見つからず、2000人以上が適合するのを待っています。

貴方や、貴方が愛する人が白血病になる可能性はゼロではありません。

 

※骨髄バンクデータ 2011年7月末現在
移植希望待機患者数2832人
ドナー登録者数386927人

私がブロック会長を務めた2008年
N地区会長が九州に広めて回られたあるお子さんの事を思い出しました。

 

愛してるよ、カズ

 

小児がんと戦った小さな命と家族の記録。

佐賀ブロック大会でお母様の話を聞きましたっけ。youtubeにも映像があります。
とてもヘビーな内容です。心してご覧ください。

 

兎も角、これで後戻りは出来なくなりました。

健康にならなきゃな。

 

 

5月30日「二回目の検査と骨髄を待つ患者さんの事」

今日は二回目の検査を受けました。

まずは担当医師と面談して採血検査。
数値結果は全く問題なしのパーフェクトでした。
感染症の結果は後日通知されるとのこと。

そして尿検査、胸部レントゲン、心電図、肺活量と検査をこなしました。
肺活量は水泳をやってたせいか好成績。健康ってありがたい事ですね。

 

次回は自己血採血となります。

自分の血を事前に抜いておいて骨髄を採取した後に補給するわけですね。
400mlですから献血と変わりません。

 

コーディネーターから

「患者さんの情報をお聞きになりますか?」

と質問が。

 

骨髄を移植しても治癒率は50~60%

治療が報われない場合もあります。
知らない方が良いのかもしれない・・・と思いましたが、可能な範囲で教えて頂く事にしました。

 

私の骨髄を待つ血液難病の患者さんは女性だそうです。

もう少し詳しく教えて頂くことはできますが、これ以上は秘密。

 

私の入院と合わせて、入院先の病院で大量の抗がん剤の投与や放射線治療を受けられます。
そして私の骨髄液を入院されている病院まで運び、患者さんに輸血することになります。
骨髄液は空路、それもドクターが手荷物で運ぶとのこと。

(現在は医師以外も運んでいます)

 

クール宅急便かなんかかな?なんて思ってましたが、医師一人が運搬の為に動くんですね。

万が一骨髄が届かない=患者さんの死、ですから責任重大です。
命を繋ぐリレーとも言えるのでしょうか。

 

今日の検査は半日拘束。交通費の支払いを受けましたが今回も寄付。
私は皆様の税金を頂いてますので。

 

しかし、これが一般的な会社員の方だったりするとどうでしょうか?

入院は勿論、最終同意や事前の検査、結構な期間拘束されます。
私のパターンで最大10日程でしょう。

理解のある大きな会社なら休みやすいでしょうが、中小企業はそうはいきません。
弊社も小規模ですのでスタッフが一人欠けるとなると調整が難しいです。

 

出来る事なら提供したい、命を繋ぐチャンスを作りたい。

 

でも会社が・・・収入が・・・と二の足を踏む方もいらっしゃるのかも。

先進的な自治体では、色々と助成制度もあるようです。
調査をしてみようと思います。

 

近代衛生の祖、長与専斎という偉人を生んだ地でもある大村。
医療やそれを取り巻く環境の整備は必然の土地柄です。

この経験を議会活動に活かしたいと思います。

 

6月2日「麻酔科の説明と自己血採決」

今日も朝から病院へ。
先日の検査で結果待ちだった感染症もナシ。

いよいよオールグリーンです。

 

先ずは麻酔科医による全身麻酔の説明を受けました。

全身麻酔をかけられているの間はこんな感じですとイラスト入りの説明書付き。

人工呼吸器や尿バルーンの挿管、骨髄の採取は眠ってる間に終わりますが、人工呼吸器を外す時だけは意識が戻ったのを確認してからやるんだそうです。

10万分の1ですが合併症を引き起こして死亡した例もある、との事。

 

うーむ、いちいち丁寧でくじけそう(笑)

ここでも同意書にサイン。

その後は自己血採血。

骨髄を摂取した後に私の体内に戻す血液をストックする訳ですね。
400mlなので献血と同じ量です。

患者さんの体格により必要な骨髄液が決まります。
大柄な患者さんだと、骨髄液の量も多くなるんですね。

 

400mlは少ないほうだということです。
患者さんが女性だからでしょうか。
沢山必要な時は自己血採血が2回行われる事もあるそうです。

 

終わって入院の説明を受けました。
いよいよ次は入院・手術です。
時期は6月議会が終わってからにして頂きました。

 

私の骨髄を待つ人は手術の約2週間前から移植の準備に入ります。

大量の抗がん剤投与と放射線治療を受け、自分の白血球を破壊してしまう治療です。
白血球が無くなったところで私の骨髄液を輸血、正常な血液にするという流れ。

 

なので、その時期に私の骨髄が採取できない=患者さんの死、となります。

今後はくれぐれも体調や怪我に注意をして下さい、と念押しが。

こりゃマジで気をつけなくちゃな。

 

手術の日程や病院はネットで公表できません。

「骨髄移植レポート」の更新は退院後になりそうです。

 

6月19日「移植前処置」

骨髄移植を受ける患者さんは移植前処置を受けられます。

 

以下関係サイトより抜粋

●移植前処置
患者さんは、骨髄移植の約2週間前から、移植の準備に入り、致死量を超える抗がん剤の投与や放射線の照射を受けます

。その結果、患者さんの造血幹細胞はすべて壊され、血液が全くつくられなくなります。
激しい吐き気や全身の脱毛などの副作用に耐えながら、患者さんは命がけの治療に取り組むことになります。
前処置を受けた患者さんは、骨髄移植を中止することはできません。

その後必ず移植を行わないと患者は死亡してしまいます。

 

ドナーとなった友人がいます。

体調を整える&患者さんの痛みを分かち合う、ということで1か月前から禁煙禁酒を実行したそうです。

エライぞ!

さて私も入院が迫ってきましたので体調を整えなければいけません(手術日や病院は秘密ね)

 

タバコは既に止めました。

 

なので断酒します!(キッパリ)

 

もちろんバイクにも乗りません(つーか車検切れ)

 

事故や病気は患者さんの命取り、なので外出も極力控えます。
激しい運動、ジョギングなんかもダメ(これはちょっと辛い)

病院にかかったり、薬を飲むなら事前に連絡する必要があります。

ということで、暫くお付き合いが悪くなりますがどうぞお許しください。

 

といっても自然体でやらなきゃね。

これを機に、健康体にならせて頂きま~す(笑)

 

6月29日「急変」

コーディネーターから電話。

 

入院が迫っているのでその確認かな?と思いきや

「患者さんの容態が急変しました。移植前処置を中止しますので、手術は延期させて下さい」

とのこと。

 

本当に命がけの治療なんですね・・・

再手術は患者さんの容態を鑑みながら8月以降に、ということになりました。

入院中の予定を全てキャンセルしていましたが、出れるところは行かなきゃね。

新たな調整に向けて頑張ります。

 

7月5日「使用期限は35日」

患者さんが前処置中の容態急変で延期となった手術日程。

再日程が8月に決定しました。
厳しい治療だと聞いていましたので心配しましたが、ちょっとホッとしたかも。

 

夏越まつりが終わってからとなりましたので、ちょっと余裕ができたかも。
詳しい日程はネットでは非公開です。

 

これで手術まで何も無い・・・というわけではありません。

先般ストックした自己血(骨髄を抜いた後に体内に戻し入れる私の血液)の使用期限が切れるので再度の採血が必要なんだそうです。

その期限は35日。結構短いんですね。

てっきり冷凍でもされてるのかと思ってました(笑)
どおりで献血運動が頻繁に行われている訳です。

 

ついでに全ての検査をもう一度やり直すそうで・・・

 

命のリレーですから念には念を、という事でしょう。
何かあってはシャレにもなりませんし。

 

とにかく健康第一です。

ついでに人間ドックもやってくれんかいな(笑)

 

 

7月29日「CK」

移植手術が伸びたために、全ての検査をやり直すことになりました。

 

骨髄バンクでは延期などが生じた場合、前回検査から3カ月以内であれば再検査は必ずしも必要ない、というスタンスですが、最終的には主治医の判断となります。

私の場合は念には念を、ということでしょうか、検査のやり直しとなりました。
間違いがあっちゃいけませんからね。

 

血液の状態を示す様々な数値の中に「CK」という数値があります。
この数値が上限を超えると自分の血液をストック出来なくなるそうです。

この数値は運動をした時などに上がります。

なので移植の1週間前から運動や肉体労働は禁止、となっているのですね。

 

さて、その再検査の前日、どうしても外せない、というか外したくない予定がありました。山登りなんですけどね。

コーディネーターとも日程を相談したのですが、とにかく検査してみましょう、ということに。
数値が超えていれば、改めて採血日程を決めよう、という事になりました。

 

さて山登りを終えて再検査。

今回は二日間の山歩き、悪天候も手伝ってハードな登山でした。

なので採血は別日程かな・・・と思ってましたが、数値は範囲内に(ラッキー)

前回検査は120でしたが今回は240。
280を超えるとアウトなんだそうです。

 

なんでも、日ごろから運動に慣れているひとは数値が上がりにくい。
また、格闘技やウェィトリフティング等、筋肉を極度に酷使する運動が上がりやすい。
ウォーキングやジョギングはそこまで上がらない、とか。

 

これで運動制限も少し緩んだか。
夏越まつりの撤収作業も心おきなくやれそうです(笑)

とかくいろいろ勉強になります。

 

他にも前エントリーで採取された骨髄はドクターが運ぶ、としていましたが、今は病院スタッフが運ぶ事もあるとか。
民間輸送も導入が検討されているそうです。

 

こうやって骨髄移植に詳しくなるのも何かの縁なんだろうか。

 

ジョブスの「点を繋げる」話を思い出しました。

 

Apple創始者・スティーヴ・ジョブスの伝説のスピーチ

 

8月20日「入院、手術、退院まで」

入院前日。

いろいろと行事ごとは入っていたが、疲労につながらない事だけにする。

私の骨髄を受ける患者さんの命がけの前処置は最終段階だろう。
ここでCKを上げる、なんてことはことはできない。

 

なので、ちょっと仕事して早く休む・・・はずだったが、入院用に大人買いした漫画に読みはまってしまう。
結局16巻を読破してしまった。トホホ。

おもしろいっすよ「岳」
山の素晴らしさと怖ろしさが良く描かれています。
退院したらどの山に登ろうか。

 

入院初日。

仕事の段取りをチョコチョコやってたら病院到着が遅くなった。

入院の準備は自分でやった、と言いたいところだが、全面的に妻にやり直してもらう。
仕事をしようと書類やPCを持ち込んだが、どうだろうか。

 

到着して通された部屋は特別室。

トイレや風呂付きの結構余裕のある個室。

当然差額のベッド代が発生するはず。

骨髄バンクが出すのかと思っていたら、患者さん持ちになる、とのこと。

 

大部屋でも良かったが、今更なので甘えることにした。
入院の諸費用にと5000円を頂いたがこれまでと同じく寄付。

 

まずは病衣に着替えてバイタル、採血、レントゲン等。
すぐにお昼になった。

 

これは・・・痩せるかも(笑)

 

午後から転倒防止のビデオを見せられる。

ここまで丁寧にしなくても・・・って感じ。
それから再度のバイタルチェック。

 

手術のあとはT字帯なるものが必要だという。
いわゆるフンドシだ。

T君は自前だったのだろうか・・・

 

オムツも頂いた。

全身麻酔ならでは、ですね。
そして夕食、なんですが病院食ですからねえ。

 

妻に名物を買って来て貰った。

やっぱマジうまい。
チョーおすすめ。近くに来たら必ず食べたいっすよ。

病院名はナイショです。
名物が気になる人はリアルで聞いてね。

 

明日の流れの説明を受ける。

早朝6時、最後の水分補給。
術衣に着替え集中治療室へ。

手術は9時から。
全身麻酔で意識は無い。
術後は麻酔の経過などを観察し、15時頃ICUから病室へ戻れる。
内蔵が麻酔から目覚めた合図のオナラがでれば粥の夕食。
痛み止めは点滴で。

痛みを感じたら教えてくださいとの事。
翌日から普通食に戻るそうだ。

 

本でも読もうかと持ってきた書類に目を通したら、締め切りが迫っているものがあった。
ベッドで書類作成に精を出す。
妻まで動員、なんとか間に合いそうだ。

 

看護師さんの出入りや確認が結構多い。
飲食は24時まで、内容に特に制限はない。
風呂に入ってサッパリ。

 

局所麻酔の経験はあるのだが、全身麻酔は始めてなのでちょっとビビってます。

書類を仕上げて、久しぶりにテレビを見ながら就寝。

ロッキー3をやっていた。
病院独特の電子音が子守唄。

 

 

入院二日目、手術日。

 

6時に起こされる。
栄養補給水なるものを二本飲まされる。

薄いポカリに塩をいれたような味。これ以降は飲み物禁止。

 

それから採血。

 

看護師になぜ骨髄バンクに登録したのか聞かれる。
青年会議所の運動の一貫である事を伝えた。
その看護師は10年以上血液内科をやっているという。

 

「適合は奇跡に近い。私たちにとってドナーは神様みたいな存在、全力でサポートします」

 

血液難病患者の苦しむ姿を見ての事だろう。

ドナーは命綱なんだなあ、と改めて。

「盲腸よりも簡単な手術だから心配しないで」とも。

 

シャワーを浴びて指輪を外す。
なかなか外れなかった。

 

手術衣に着替える。

袖のない浴衣みたいな感じ。
肩がホックで止めてある。

腰はゴムのマジックベルト。

 

何度もバイタルチェックをして、8時55分、歩いてオペ室へ。
ベッドに寝かされ点滴で麻酔、その後は意識が無くなり、目が覚めると終わっているとのこと。

 

妻とコーディネーターに見送られ手術室へ。
始めて見る医療器具が所狭しと並びモノモノしい雰囲気。

あれよあれよという間に点滴を入れられ酸素マスク。

数分後、眠りにおちた。

 

 

目が覚めると別の部屋だった。

四時間ぐらいだったろうか。手術中の記憶は無し。

人工呼吸器はすでに外されていた。

 

尿道バルーンを抜く時は気持ち悪い感触。

その後の数回(3回ぐらい)のオシッコは違和感有り。

痛み止めの点滴をつながれたまま病室に戻される。
反応熱というのだそうで微熱が続き、汗をかいた。

氷枕をあてがわれる。

 

夕食からお粥を食べれるのだが、オナラが確認できていなかったし空腹でも無かったのでキャンセル。

そのまま眠り続ける。

その間にもバイタルチェックが数回、術部の確認があった。
微熱が続き、汗だくになった。

 

 

入院3日目、手術翌日

オナラもでたので、朝食から普通食を頂く。
痛み止めの点滴は昼で終わり。

これ以後、痛みが続くようであれば飲み薬で対応するそうだ。

 

私は普段から全く薬を飲まない為、薬が良く効く体質。
点滴やめたらようやくアタマがスッキリしてきた。

 

頂いていた電話やメールの対応を済ませる。
腰に鈍い痛みがあるが、我慢できないほどでは無い。

 

腰をかばう為どうしてもゆっくりとした動作になるが、普通に歩ける。
主治医からは「できるだけ動いた方が良い」と言われたので院内を散歩。

 

読みかけのものとずいぶん前に買った小説をもってきていた。

どちらも大外れ。

これまで読んだ本の中でも1、2を争うつまらない本だった。
仕事も持ってきていたが、今日ぐらいはお休み、ということでしかたなく読みふける。

 

テレビをつけるとロッキー5だった。
連日のロッキーシリーズ放映だったのだろうか。

 

入院4日目、退院日。

翌朝もスッキリ目が覚めた。
腰に違和感は残るが普通に歩けるし、痛みも和らいだ。
傷口の経過も良好。

付け替えはリアル家庭の医学で済むのでありがたい。
シャワーだけならOK。

湯船は1週間後から、という事だった。

 

といっても1週間は安静にするようにと釘を刺される。
長時間の着座などは厳しいかも。
2週間後の健康診断の日程などの調整をしてめでたく退院。

私の骨髄液は無事に旅立ったそうだ。

 

退院直後から既に公務が入っていた。
近しい方々よりお気使いを頂きながらの公務でした。
ありがとうございました。

 

 

手術を終えて。

提供して良かったか?と聞かれれば

 

「良かった!素晴らしい体験だよ!医学万歳!」と答える。

 

健康で生きてるだけで人助け・・・素晴らしいとしか言いようが無い!

 

人に薦められるか?と聞かれれば

 

「薦めます」とも答える。

 

リスクはゼロではないが交通事故に遭うより相当低い。

年間1200件を超える症例が毎年ある手術でもある。
(血縁間移植を含めればさらに多くなる)

移植の手術は骨折と同じ。

ようは”全身麻酔のリスク”をどう考えるか、ということなのだ。

それに人の命を救うチャンスを潰してしまう事の方が私にとっては苦痛だし、最後に決めるのは本人。

 

ただ「死んでも文句言いません」的な書類にサインにすることになります。

それだけは忘れないように。

 

痛かったりキツさはどうなのよ?と聞かれれば

 

「1日だけ我慢」と答える。

 

手術は寝ている間に終わる。

その手術が終わった直後からの麻酔と反応熱はキツい部類に入るだろう。
ただ1日だけなら我慢できない事は無いと思うし、その後の腰の痛みもそうでもない。
(とはいえ1週間安静が必要だが)

 

ただ、やたら採血が多い。

注射嫌いの方には克服のチャンスかも(笑)

 

 

今回、私は寝てただけだ。

 

なので体重も減って無かった(涙)

 

コーディネーターやドクター、ナースの言うがままに動いただけだ。

こんな命のリレーを司るコーディネーターの仕事って素晴らしい仕事だなあと思いました。

 

今回の募集は7月末で締め切られていますが、たまに募集も出ているようです。
コチラの8ページ(PDF)をご覧ください。

 

今回の手術や検査で拘束されたのは全8日。

この手術を受けるにあたり、近しい方々より

 

「適合した事はある、でも仕事の事を考えると踏み切れなかった」

 

という声を聞いた。それも複数名。

 

私が6月議会で提案したドナー支援制度がそれを解決できるとは思いません。

しかし背中を押す一助にはなるはず。

先進地に習って九州発の制定に向け、力を注ぎたいと思いました。

 

このレポートはこれで終わりじゃありません。

また数回更新する事ができる・・・ように祈ります。

 

平成25年6月30日「ラストレター」

 

久々に 骨髄移植レポート を更新できて本当に嬉しい。
それは二通目の手紙を頂いたからです。

 

ドナーと患者さんはお互いがどこの誰だか知ることができません。

 

それは様々な配慮のため。
ドナーは患者さんの命綱を握ることになります。
患者さんやそのご家族にとってはドナーは神仏のような存在となるでしょう。
お互いがその連絡先を知ることになれば、適切な関係が保たれるという保証はありません。

 

ただ、手紙のやり取りは二回まで許されています。

でも直接のやり取りではありません。
骨髄バンクが中身をチェック、特定できる情報がないかどうか確認した後に郵送されます。

 

 

一通目は既に頂いていました。

 

涙なしには読めませんでした。

 

それは患者さんが移植を受ける「前処置」の段階で書かれたものだろうと思います。

前処置とは自分の造血幹細胞をすべて殺すという決死の治療。
致死量を超える放射線を身体に当て、病に侵された細胞を取り除いた後、ドナーの健全な骨髄を移植します。

 

その段階で絶命される事も。

 

そして、処置がうまく行って骨髄移植が受けられたとしても必ず完治する訳ではないのです。

完治の可能性は50%程度。高いとは言えない。

 

一通目の手紙には前処置に望む患者さんの心境が綴られていました。

悲痛な覚悟とかそういったものではありませんでした。

 

ドナーが見つかり、生きる希望が見出せたことへの感謝や喜びが綴られていたのです。

 

人は希望があればこんなに強くなれるものなのか。

そのお手伝いができて本当に嬉しい、そんな涙を流しながら読み、決死の治療に臨む患者さんに激励の返信をしたためました。

 

それからしばらく時が過ぎました。

 

治療はうまく行ったのだろうか。

お元気にお過ごしだろうか。

それとも、、、

 

 

そんな思いも忘れ始めた頃、二通目の手紙が届いたのです。

 

 

とにかく嬉しい内容でした。
妻と共に涙しました。

 

 

人間って本当に強い、そして美しい。

医学って素晴らしい。

 

血液をつくる細胞をそっくり入れ替えてしまう治療なので、患者さんには私と全く同じ血液が流れている事になります。

何だか新しい兄弟ができたような気分です。

患者さんに恥じないような生き方をしなければ。

誰だ「かわいそう」なんて言ってるのは(笑)

 

 

ともかく、こんな素晴らしいチャンスをくれた皆さんに、そして妻に感謝。

私も最後の手紙をしたためようと思います。

 

平成26年12月4日「やっと、書ける」

最後の手紙をしたためようと思って1年が過ぎました。

なかなか筆をとることができませんでした。

 

私が議会で何度も提案してきたドナー支援制度。

この制定を実現させてから書こうと思っていたのです。

 

そして平成26年 12月議会、支援制度を求める6回目の一般質問。

念願の骨髄ドナー支援制度、長崎県初導入が決定しました。

 

 

 

最後の手紙がやっと書けます。

 

お元気にされているだろうか。

既に二通目を頂いていますので返信はありません。

 

4月の制度開始の後に書こうかな。

 

これまで本当に多くの方に関わって頂いた

「命のリレー」

唯一無二素の晴らしい体験をさせて頂いたことに心より感謝。

本当にありがとうございました。

 

一人でも多くの患者さんの命が救われますように。