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日本が民主主義をとる以上、議員削減には反対です。
というか、議員削減は民主主義の崩壊に繋がりかねない。

確かに議員になる前は削減賛成派でした。
しかし初当選して議員活動をしていく内に、考えが変わりました。

それは何故か。

第一に「議員の固定化」が進む可能性が高いからです。

民主主義は有権者の代弁者として議会に議員を送り込みます。
議員は選挙によって選ばれます。

その選挙、どんな人から当選していくでしょうか?

当選しやすい人を考えてみましょう。

・経験が長い

・資金が豊富

・強固な後援会がある

・各種団体の支援があるetc

逆に、当選しにくい人はどんな人でしょうか?

上記の逆ですね。

それは往々にして、若い人や新人に多い環境です。

地盤看板カバンなし、あるのは熱い「志」だけ、といった人は選挙に強いでしょうか?

議席を絞ってしまうと、選挙に強い人ばかりが勝ち残る「議員の固定化」が起こる可能性が高い。

それでは新陳代謝が起こらない。固定化が進むと競争が起きにくい。

第二に「行政監視の弱体化」が起こる可能性がある。

議会の最大の役割は「行政のチェック」です。

監視する目が少なくなると、行政の最大権力者である首長の権力はどうなるでしょうか?

権力の暴走につながることだってある。議員の固定化が進めば、議員特権も生まれやすい環境になるでしょう。「なれあい」に陥らないとも限りません。少数意見は封され、小さな声、弱い人たちの声、多様な意見が届かなくなる可能性があります。民主主義ではあってはならない事です。

以上の2点から議員定数削減は民主主義の崩壊につながる、と考えているのです。

(合併による在任特例、人口比による削減は除く)

ただし、議員の待遇については考えるべきでしょう。「議員報酬の削減」ならば反対ではありません。

しかし、新人や若い人が報酬を削減されたらどうでしょうか?

選挙運動や政治活動にはコストがかかります。

お金をかけすぎるのは良くないと思いますが、人が集まり動く以上、経済は不可分なのです。

しかも4年ごと(衆院は解散の度)に失職する可能性がある仕事に就こうとするでしょうか?

報酬を減らしすぎると「金持ちによる政治」になる可能性があり、これまた議員の固定化につながるのではないかと思っています。

 

ここまで説明するとたいていの人が私の考え方に理解を示して頂けます。しかし、収まらない方もいらっしゃいます。

「働かない議員がいる」

当選した議員が議会を放棄しなければ、最低限の職責を果たしているのですが「働いている、いない」の判断は、人それぞれでしょう。そう思われるのは議員側の情報発信不足もあるのかな、とも感じています。ただ、これは議員個々の問題ですので、私が論じるべきではありません。

それに「働かない議員=選挙に弱い=議席を減らせば落選する」という公式は成り立つ根拠がない。議席を減らし、選挙に強い人ばかりが当選する状況が生まれれば、落選する心配が減るので益々「働かない議員」が増える可能性だって否定できない。

以上が議員定数に反対する理由なんですが、議員になる前と後で考え方が変わったように、新たな視点からの議論に接することにより、また考え方が変わるかもしれません。これは現時点での考え方という事です。

 

私は公開討論会で「市のレベルは市民のレベル」という言葉をよく使います。

それは政治にも当てはまります。政治は有権者の鏡です。

もうすぐ選挙という洗礼の季節がやってきます。

私も再び洗礼を受ける一人。

4年前1,673名に賜った付託と信頼に応える事が出来ていたのか。

審判が近づいています。